第八十話 一難去ってまた一難。
プロトンの顔に張りつく仮面はナイフを使ってようやく切り離せた。
床へと放り投げ、あとは光焔属性を全開にした特大剣で焼却する。
「終わったな。一時はどうなるかと思ったが、姫さんの非常識な立ち回りのおかげだ。まあ、俺は役に立たなかったが」
「何を言う。そなたがいなければ、余はあの光剣で斬られておったぞ」
こちらがシステムのチート機能を使っていたにもかかわらず、最後は虚を突かれて組み敷かれてしまったし……。
たまたま弱点らしき場所に噛みつけなかったら、どうなっていたことか……。
それにしてもあの頭部のつば状突起物、ニトグアとも共通する形状たっだけど、本当に弱点なら再び遭遇した場合の突破口になりうる情報だ。
「ふむ……。外見だけなら元に戻ったようだが……」
そして、仮面を剥がしたところで意識を失ったプロトンを観察すると、顔に張りついた繊維も全身を覆っていた鱗も、徐々に剥がれ落ちていた。
あとに残るのは元の彼自身の姿のみ。
「これで連中は解放されるのか?」
「連中? 盗賊団のほかの者たちのことか?」
「ああ、一丁前に“盗賊団”なんて呼ばれようと、ここにいる連中は食い扶持に困って追いはぎに手を出した農民ばかりだ」
「農民だったのか……」
「なあ姫さん、頼みがある」
「申せ」
「連中はやむをえず強盗することになっちまったが、殺しだけは止めてきた」
「そなたが止めたのか?」
「止められる分はな……。こいつだけはどうにもならなかったが……」
そう言うディーが指で差すのはほかでもないプロトン。
娘を人質に取られ、強盗に身をやつす農民を捨て置けもしなかった。
義賊、“鷹狩りのディー”とは、俺がデザインしたままのそういう男なんだ。
「要するに、恩赦を与えてくれというわけか」
「都合のいい話だってことはわかってる。だが、家で腹を空かせて待つ家族がいて、むざむざと野垂れ死にさせるわけにもいかん」
「だから追いはぎか……」
「頼む。すべての罪は俺が被ってもいい、連中が……」
「ダメだ。そう自らの犠牲を安売りするものではない」
「くっ……」
「そうだな、奪った金品はすべて持ち主に返還するのは当然として、関わった者が所属する組織、町村はすべて我がユグドウェルに編入する」
「は……?」
これまでの調査では、周辺地域には領主のいない町村が点在するだけで、町長、村長の合意があれば領土を巡るいざこざはまず起きない。
食い扶持に困っているというのも、乏しい知識や技術から農作を行っているからで、ユグドウェルの庇護下に入れば自ずと改善もする。
つまり、この件はこちらにとっても都合のいい話だ。
「もっとも、犯した罪次第では相応の罰を追加せねばならぬが、殺しを止めていたというのであれば、こやつ以外は大した罪を問わぬよ」
俺はプロトンの額をぺしぺしと叩きながらディーに告げた。
「姫さん……。あんた、器がでかいな……」
「よせ、余にも都合がある。特にそなたは逃がしはせぬ」
「ああ、こうなったのはこいつを止められなかった俺にも非がある。俺のことは姫さんが好きなように使ってくれ。ただ、娘は……」
「無論、娘子は保護するさ。罪なき民が苦難を背負い込む必要はない」
「はあぁぁぁぁ……」
「どうした、安堵したか?」
「ああ……。思った以上に話せる御仁で安心したんだ……」
「気を抜くのはいまだけぞ。存分に働いてもらうからな」
「覚悟のうえ……ん?」
お互い締めに入っていたところで、廊下から大勢の足音が聞こえてきた。
この山塞跡にいる者は盗賊団だけだろうから、要するに農民たちだ。
「騒ぎを聞きつけてお仲間が来たようだな」
「いや、この足音……何か変だ……?」
「ん……?」
「ニオたぁん、いたぁ」
「――っ!?」
扉もない部屋の入口に姿を現したのは、紛れもなく農民たちだった。
だけど、その様子は見るからに異常に侵蝕された姿。
肌に黒い炭のようなものが付着し……そうだ、あれはプロトンから噴き出した“枯れ地の瘴気”……。自ら退けなければ影響を受けるのは当然……。
「姫さん、こいつはまずいんじゃないか……」
「まずいも何も……。この山塞に、農民たちは何人いる……?」
数十名ということはわかっているけど、正確な数までは把握していない。
「全員で、俺とこいつを除いて四十二名……」
「四十二名が、“枯れ地の瘴気”の影響を受けたとすれば……」
まずい、というか下手に傷つけられない以上は面倒だ。
体を侵す瘴気を浄化する方法もわかっていないいま、仮面を引き剥がせばよかったプロトンとはおそらく対処法が違う。
洗い流す……? それとも水系か光系の、俺の属性は後者……。
「ニオたん、ニオたん、えへぇ、ちんまいべなあ」
「えへ、えへへ、うちの娘ぐらいか、やさしくしてやるぞお」
「おっぺえはうちの嫁さんに負けとるが、ニオたんも悪くないのお」
「艶のいい肌がたまらん、これなら健康的な子を産んでくれそうじゃあ」
「えへえへへぇ、そいじゃ皆の衆、今日は夜通しといくかのう」
「……っ!?!!?」
げっ、げぇぇぇぇぇぇっ!?
わ、わわわっ、わかったかもしれないっ!
プロトンが噴き出した瘴気は、“枯れ地の瘴気”というか、ニオに対する欲求の塊というか、煩悩がそのまま凝り固まったものだ!
そそっ、そうとしか考えられないっ!
だからプロトンは、それらを噴き出して唐突に変容してしまった!
ああっ! 要するに“賢者モード”だったのかっ!!
「おい姫さん、取り囲まれた!」
部屋になだれ込んでくる農民たちは全員で四十二名いるという。
全員がプロトンの煩悩に当てられ、鼻息を荒くして涎まで垂らす様は、正気を失った性欲マシーンどもの群れ、ニオの貞操の強奪者。
つ、つまり彼らに捕まってしまえば……『やめて! 私に乱暴する気でしょう!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!』ってことぉっ!?
おいおいおいっ、危機を退けたと思いきや状況は最悪だ……!?




