第七十七話 冥白化現象
プロトンの体から噴き出した“枯れ地の瘴気”はあっという間に部屋中へ充満し、開け放たれた扉や窓からも外へと漏れ出ていく。
俺は咄嗟にインベントリから特大剣を取り出し、レリック自体が持つ星霊樹の恩恵で受け流すも、こうして戦闘態勢に入ってしまえばもうハラスメント対策システムでのスタンショックは使えない。
ここからは正真正銘の対人戦闘、それも対人戦に慣れた強敵が相手。
「ディー、無事か?」
「姫さんのおかげでな。奴はいったいなんだ?」
俺たちは押し寄せる瘴気に晒され続けるも、特大剣がふたり分程度の空間は確保してくれるので、なんとか無事だ。
「こちらが訊きたい、なぜ奴の体から“枯れ地の瘴気”が……」
≪冥い根の領域≫――ユグドウェルの南方、≪星霊樹の世界≫の南半球に位置する地域は、“闇泥”と“枯れ地の瘴気”に侵された深闇の領域。
その地域は、星霊樹の根の多くが大地に接している場所でもあり、養分を吸い上げてそうなったとも、かつての混沌の軍勢との大戦でそうなったとも、公式でもまだはっきりとは語られていない場所なんだ。
メインストーリーはいまもプレイヤーたちが進めているだろうけど、いまだ≪冥い根の領域≫に踏み入ったという話は聞こえてこない。
そして、プロトンの体から噴き出す“枯れ地の瘴気”とは、レリックの庇護なく触れると肉や骨まで腐らせる最悪の凶器となりうるもの。
いったい彼に何があったというのか……。
「ぎああっ、超いってえっ! な、なんだこれ、体にカビが……!?」
「――っ!?」
瘴気が収まってくると、その中央にいたプロトンが再び姿を現した。
彼の姿は、自身の言うとおり肌が白ずんでカビが生えているように見えるけど、実際は≪冥い根の領域≫に適応した“冥白化現象”によるものだ。
領域そのものは、ありとあらゆる無機物が真っ黒に染まっているにもかかわらず、適応した生物はなぜか白化する……。
思えば、“骸渡りのトリストロイ”の頭部となっていた“ニトグア”も白い物体だったから、やはり“混沌の神々”が絡んでいるのは間違いない……。
「僕に、何をした……」
「余は何もしていない……」
「嘘だ……。ならなんで、僕の体がこんな……」
「きさまこそ、そうなった原因に心当たりはないのか……?」
「原因……? 原因……原因……あぎっ!? 痛っ! あがっ!?」
「――っ!!」
考え込むプロトンの顔を、さらに侵蝕する白カビが覆ってしまった。
やがて白カビは硬化し形を整え、その様相は“ニトグア”と同じものとなる。
白い柱状、シルクハットのつばのような突起、口元の縦長のスリット。
体の白カビは鱗状となり、見える範囲の肌がびっしりと覆い尽くされた。
仮面を被ったその様は――“混沌の怪人”。
彼がどこかで“混沌の尖兵”に接触したのは間違いない……。
「イヒァア、アへ……あ? ああ……なんだか、とても清々しい気分……」
「プロトン……? きさまは、プロトンか……?」
「え? そう、僕はプロトン。あなたは、ニオさんですね?」
「……っ!?!!?」
お、おかしい……。
プロトンは少し前までと違い、なんとも落ち着いた声音で返してきた。
その姿が異形と化したにもかかわらず、仮面のまま天井を見上げ、光を浴びるかのように腕も広げ、どこか満足しているようにも見える。
「理解しました」
「何を……?」
「すべてを」
「すべ……て……?」
「僕は人に対し、ニオさんに対しても高慢で不器用すぎたのですね」
彼の変質に、俺どころかディーまで異常を感じてあとずさる。
「いけません、これでは誰もが僕を遠ざけてしまうのは明らか。誰に対しても真摯に礼節を重んじるよう、まずは僕が変わるべきだったのです」
お、おかしいだろこれ……!?
何がどうしてこうなった……!?
「ニオさん」
「はいっ!?」
「あらためて正式なお付き合いを申し込みます」
プロトンはそう真摯に告げ、こちらへとゆっくり歩み寄って跪いた。
「僕の伴侶となり、生涯を共に生きてはいただけませんか?」
「……」
いや、そんな礼儀正しく伝えられたところで、絶対にない。
いまはたしかにニオではあるけど、中身は俺、勇波 秀真なんだ。
どんなに態度を変えようと、答えはどうしたところで変わらない。
「す、すまぬ……。余は……うっ!?」
その瞬間、首を狙われた短剣を咄嗟に特大剣で受け止めた。
俺を一撃で殺そうと仕掛けたのは、ほかでもない眼前のプロトン。
「き、きさま……余に求婚をしておきながら……」
「はい? たしかに求婚を……僕が何かしましたか?」
「……っ!?」
プロトンはそう言いながらも、まるで自分のやっていることを理解していないかのように、続いて短剣による連撃を食らわせてくる。
間合いの内に踏み込まれ、俺は特大剣による防戦一方となり、追いつけない相手の速さに肌を浅く斬り裂かれていく。
そうして、レリックとレリックが打ち合う硬質な金属音は、少しして割り込んだ鉄爪によって止められた。
「ディ、ディー……助かった……」
「無作法な。ディーさん、あなたは僕の用心棒なのでは?」
「勘違いするな、無理やり従わせられていただけだろう。それよりもだ、おまえはいったいなんなんだ。わけがわからん」
「なんだと問われましても、僕は僕、“プロトン”という名の探索者です」
突然の状況の変遷はディーによって止められ、俺たちは部屋の入口まで退いたけど、なんにしてもプロトンをどうにかしないことには何も解決しない。
増援が来るまでは、この場で凌がなければならないんだ。
「ディー、“混沌の神々”は聞いたことがあるな?」
「ああ、創世神話に登場するこの世界の仇敵だ。まさか……」
「これは憶測にすぎぬが、奴はおそらく混沌にいじられた」
「にわかには信じがたいが、あの様が尋常でないのはわかる」
「余と歩みを合わせよ、まずはあの仮面を引き剥がすぞ」
「了解した」




