第七十二話 前哨地にて。
ええ、あのあとは、ツキウミに抱きつかれている現場をしっかりアエカに目撃され、ややこしいことになりましたよ……。
ま、まあ気を取り直して……。夕方になってからベルクとイースラとも合流した俺たちは、ひとまず“皇国大隊”が設営した前哨地に移動した。
そこは山間部を通る交易路からほど近い森の中、周囲を木々と身を隠すにはちょうどいい藪に囲まれたちょっとした空き地。ユグドウェルからは北へ6kmの場所で、完全に陽が落ちる前に腰を下ろすことができた。
「ニオさま、スープを分けていただきました」
「お、ありがとう。だいぶ冷えてきたから、温かいと助かる」
現実の自分よりも、ニオの体は小さく薄いせいか冷えやすいんだ。
俺たちは前哨地の一角に設置したテントの前で、皆で焚火を囲んでいる。
文明の光が隅々まで行き渡っていないこの世界で、夜に町を出てしまえば辺りは当然闇の中。
星霊樹が放つ輝きのおかげで、完全な闇に閉ざされるわけではないとはいえ、それも深い森の中だと大半の光を遮ってやはり暗い。
相手に居場所を把握されないためにも、本当なら火は消したほうがいいんだけど、隠れ潜むモンスターや野生動物の存在もあるし、五十人近い大部隊を一堂に集めて闇夜の中というのもかえって危険だ。
そうして、スープで体を温めながら焚火の火を眺めていると、巨体を揺らし離れていたベルクが戻ってきた。
「どうであった?」
「投入戦力は皇国大隊から二百余名、一般の探索者も百五十人程度が参加と、数十人の盗賊を相手するには過剰戦力と見受けられますな」
「皆、イベントのように思うておるのだろう。配置は?」
「この前哨地は後陣となり、盗賊が潜伏するとみられる山塞跡を四方五カ所から完全に取り囲む配置、易々とは逃げられますまい」
「ふむ、皇国大隊の部隊展開は侮れぬな……。数こそ力か、それとも……」
総勢四百人くらいが盗賊を圧殺する気満々でいるみたいだけど、人質がいるのにいきなり全員を投入するというのはさすがにない。
ベルクが持ってきた地図には、前哨地の場所を示す五ヵ所のマルが記されていて、さらに後方に位置するのがいま俺たちのいるここ。
そして、前哨地に取り囲まれバツで記されているのが、件の盗賊が逃げ込んだという古王国時代の山塞跡で、小高い岩山の上という立地だ。
周辺は山岳地帯。大部隊運用よりも少人数テロのほうがより効果的な地形で、盗賊たちはそれをわかって迎え撃つ気なのでは……。
「相手の出方がわからぬと趨勢は読めぬ……」
「然り。数の上ではこちらが有利とみえ、しかし起伏の激しい山岳地形では思うとおりの部隊行軍が可能か、相手は一筋縄ではいかぬようですな」
「ニオさま、今後の行動について具申します」
「アエカ、申せ」
「はい。まずはこちらをご覧ください」
「これは……」
それは周辺を広く描かれたベルクの物とは違う、山塞の建築図案だ。
「こんな物をどこで……」
「少し前、出かけにヒワさんに渡された物ですね」
「……!? たしかに見送られたが……なぜ直接渡さぬ……」
「『必要だと思ったら渡してくださいぃ』とおっしゃっていました」
「うーむ……。間違いなく、図書館にあった物だろうな……」
「それで、この図案なんですが、隠し通路も明記されているのです」
「……っ!!」
「なんと! それは僥倖!」
「人質の奪還に使えとでも言わんばかりではないか……!」
「うわぁ、ヒワちゃんってそういうの抜け目ないからぁ」
「ニオさま、あたしこの洞窟知ってる」
「イースラ、本当か!?」
「ん。雨宿りによく使う洞窟で、天井が脆いから奥へは行かないけど、空気の流れがあるからどこかへと通じてるとは思ってた」
まったく……いつも警戒してばかりだけど、ヒワが“情報屋”として頼りになるのは、もう疑いようのない事実だ。
帰ったら何か吹っかけられそうとはいえ、この図案の存在が人質奪還の突破口になりそうなのはたしか。
「アエカ、皇国大隊の指揮官に集まるよう伝えてくれ」
「はい、いますぐに」
「となると、直々に参るのですな!」
「うむ、皇国大隊には陽動をかけてもらう」
「あたしはニオさまを案内する。理解した」
「話が早くて助かる。頼むぞ」
「ん!」
「ボクは大勢と一緒がいいけどぉ、逃げ出すのは男らしくないからぁ」
「ツキウミは男の中の男だと、余は知っておるぞ」
「もっ、もちろんです! ボクは男だ!」
≪World Reincarnation≫での対人戦闘ははじめてだけど、これまで対人ゲームをやってこなかったわけではない。
NPCが相手となると、実際に人を斬るという真実味が増すとはいえ、ここで怖気づいては“ニオ ニム キルルシュテン”は名乗れない。
赤ネームプレイヤーは捕縛する。
ユグドウェルの地で、無法は決して許しはしない。
***
そうして、皇国大隊とも詳細を詰め、ひとまず夜を明かすことにした。
ベルクとアエカは焚火の番をしていて、テントの中では俺を真ん中にツキウミとイースラが寝息を立ている。
しかも、ふたりともしっかり俺にしがみついているので、この状況では休もうと思っても煩悩を刺激されて眠れるはずもない。
「ん、んん……ニオさま……」
「うっ!?」
「ヒワちゃんぅ、らめらよぉ……」
「ふえっ!?」
ふ、ふたりが寝言を漏らす度につい反応してしまう……。
いちおう中身の上では年長者なんだから、平静に、平静に……。
明日は早い。朝もやに紛れて洞窟に接近するから、本当に寝ないと……。
無心……無心……無心……無心……無心……何も考えずに……。
「敵襲ーーーーーーーーーーーーっ!!」
だがしかし、寝つく間もなくけたたましい警鐘が鳴った。
森と夜陰に紛れ、盗賊団が後陣にまで押し寄せてきたのか。
だからこの地形は、少人数を相手する非対称戦には向かないんだ。
「声を上げるな」
「――っ!?」
状況を確認しようと体を起こしたその時だった。
首元に当てられたのは、冷たさを感じる鋭利な刃物。
そのくぐもった低い声はマスク越しか、間違いなく味方ではない。
「ニオ ニム キルルシュテンだな」
「ふたりに、何をした……」
ツキウミとイースラの首元には針が刺さっている。
「案ずるな。機嫌を損ねられては困る、一日も経てば起きるだろう」
「クソッ、余が目的か……」
「皇姫にしては口が悪い。大人しく一緒に来てもらうぞ」
「ぐっ……。わかった……」
こうして、ニオはあっさりとさらわれた……。




