第六十七話 闇域の冥主“叡智の大図書館”
「あ……んぁ……やっ……んぅぅ、だめぇ……。はっ……!?」
なっ、なんだ……?
寝起きの胡乱とした思考で、ぼんやりと天井を見上げる。
室内はベッドに入った時のまま、辺りはまだ暗く、窓から差し込む月明かりだけが青白く世界を形づくり、普段ならまず起きるはずのない時間だ。
自らが発した嬌声で目を覚ますとか……欲求不満なんだろうか……?
夢を見ていたわけでもないのに、目覚めとしては最悪……。
『おや、起きてしもうたか』
「――っ!?」
自分以外は誰もいないはずの寝室で、その声は間近から聞こえた。
寝転がったまま視線だけを動かすと、その存在がすぐ目に入る。
「え、は……? 幽霊ちゃん、何してるの……?」
それは、俺の体の上で馬乗りになった“幽霊ちゃん”だった。
彼女は微笑を浮かべながら俺の胸元に冷たい手を当て、すりすりと撫でられるたびに、心の奥底まで触れられたかのような刺激が全身を駆け巡る。
「んっ、んっ、やめっ、撫で……るなっ……!」
『ほうほう、これはこれは、ずいぶんと敏感なのじゃな』
「ゆ、幽霊ちゃん……? まさか、猫を被ってたのか……!?」
昼間はたしかに、アエカにかわいがられて無邪気な様子だった。
日中に行動できる幽霊というのもおかしなものだけど、それがどうだ、いまはもう隠す必要もないと言わんばかりに本性を現しているんだ。
俺の体は念力のような力で拘束され、ピクリとも動かせない。
『猫を被っておったわけではないのじゃが、知らぬ者からすればそう取られても仕方あるまいて。隠さずに知らせるのなら、ワシはあくまで夜の間しか存在できぬ、おぬしらが“幽霊ちゃん”と呼ぶ者の影じゃ』
「幽霊ちゃんの影……!? そいつがなんでオレを襲う……!?」
『心外な。ワシは寝床を探しておっただけじゃぞ』
「ね、寝床……!?」
『そうじゃ。あの“アエカ”という者でよかったのじゃが、いまはおらんようでの。然らばと、もっとも具合のよさそうなおぬしのもとへと訪れたわけじゃ』
「お、おまえは何者だ……!?」
『かつてこの地に住みし者は、ワシを“闇域の冥主 シルモア”と呼んだ。いまは≪冥き根の領域≫と呼ばれる地を治めていた者じゃ』
シルモア!? こいつ、俺が描いた“シルモア”なのか!?
わからなかったのも無理はない。俺がデザインした彼女は、二十代後半の大人の女性だから、幼女でも、ましてや幽霊でもない。
演じているだけの俺とは違う、正真正銘の女王さま……!
それがなんだって、ユグドウェルで幽霊に……!?
『そんなわけでの、夜の間は失礼するのじゃ』
「あんっ!? やっ……んぅ、はぁっ!? そこはっ、んあぁっ……!」
シルモアが、遠慮もなく体の中に入ってくる。
実体がないから痛みがあるわけではないけど、胸元にずぶりと沈み込んだ手はやはり冷たく、入り込むたびに快感が波のように襲ってくるんだ。
そして、手だけでなく徐々に体も落として……。
「はああっ!? くっ、くっ、んあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
お互いの体と体が接触した瞬間、強い快感が脳内ではじけた。
寝転がったまま体は弓なりに跳び上がり、全身が痙攣するほどの刺激が駆け巡ったあとで、再びもとのベッドに落ちる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、どこが……寝床……て……」
『あやや、まさかここまでとはのう……。昼間の話、ワシも聞いておったのじゃが、おぬしの体はずいぶん特別製とみられる』
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……。それ……は……?」
『この世界の理を変えてしまうほどに、既存の種の枠ではないのじゃ』
正直、脳内がスパークしてまともに思考ができる状態ではない。
体は小刻みに痙攣し、拘束をされなくとも満足に動けないだろう。
「はぁ……はぁ……はぁ……。んぁ……」
口から垂れ落ちる涎を拭う力すらなく、あとはいいようにされるだけ。
『んむむ、これでは寝床とするに気が引けるのじゃ……』
「やめ……て、くれ……。体が……もたない……」
刺激の類は快楽ではあるものの、下手をすると依存してしまうほど。
シルモアに悪意があるようには思えないけど、モンスター以上に厄介な存在なのは、わずかな時間ではっきりとわかった。
男へと戻る前に、女性としての快楽に落とされるわけにはいかないんだ。
『おぬし、ニオと言ったか? いや、ホツマか?』
「いまは……ニオでいい……」
『ではニオとやら、ワシと取り引きをするのじゃ』
「取り引き……?」
『おぬしの欲しておる情報は、実際は古王国時代のものでなく、それより以前の“アルコーン”に関する時代のものじゃろ?』
「どうして……それを……」
『触れた際に視たのじゃ。“外なる人”、ということも把握しておる』
たしかに、そうだ……。
昼間にアエカと話した時、彼女はアルコーン“ニトグア”に関しても詳細を話さなかったから、図書館の記録に期待をしていた……。
『それでの、ワシが管理をしておる図書館じゃが、あそこに収蔵されておるのはすべてが古王国時代のものばかりなのじゃ』
「そんな……」
『なに、落胆せずともよい。それ以前の記録に関してはワシの内にあり、ワシこそが“叡智の大図書館”と言うてもよい存在なのじゃから』
「なん……だって……!? それなら、代わりに何を差し出せば……!」
『慌てるでない。ワシの目的は先だって変わらぬ、寝床を求めるだけじゃ』
「それは……あの快楽を毎晩やられたら……」
『安心するのじゃ、内が無理なら外を借りるまで。図書館に戻るという手もあるのじゃが、近場で済むのなら面倒でないほうがワシはよいのじゃ』
「外……? 大した刺激がないなら……」
『んむ、取り引きは成立じゃな。ワシも久しぶりに外へと出て、いささか疲れてしまったのでな、今晩のところは休ませてもらうとするのじゃ』
突然のことでこっちこそ急激に疲れたけど、情報が得られるのであれば、この外見だけはかわいらしいシルモアと取り引きをするのも悪くない。
話ができ、聞きわけもいいようで、彼女と正しく取り引きができれば……。
『ではでは、お休みなのじゃ~』
「うぶっ!? ちょっ!? なんでキスする!?」
『なんでとはなんでじゃ。口腔から繋がるのであれば、どこも外であろう?』
「そんなバカな……!?」
『それとも子宮のほうがよかったかのう?』
「しっ!? くっ、口からで我慢します……! んむっ!?」
そうして、シルモアにディープキスをされた俺は眠気に襲われ……。




