第四十九話 邪教神殿跡ダンジョン(4)
「きゃああっ! 無理っ、おばけ無理ぃっ!!」
「あっ、こらっ、そんなに抱きつくと動け……」
『取り乱すツキウミくんとか、かわいいかよ』
『ニオさまとツキウミくんの絡み、ごちそうさまです!』
『いいぞ、もっとやれ!』
『くっ、見えそうで見え……ない!』
『際どいラインを攻めてくるとは、やりますね』
『カメラマンがいい仕事しすぎぃっ!』
「ローアングルはやめろっ! バカァッ!」
『あれ、ニオさま配信見てるじゃんw』
『ニオさま、見てるー?』
『バカァ頂きましたー。もっと罵倒してくれてもいいのよ』
『はぁはぁ。ニオさまに罵られながら、素足で踏んでもらいたい』
『ニオさまの罵倒ASMRまだー?』
『あ、見え……』
『見えた!』
「こっ、この変態どもがああああああああっ!!」
『『『いぇああああああああああああああああっ!!!!!』』』
いまの状況は、意味不明なほどに混沌としている。
ゾンビだけが相手だったのなら、むしろスライムに襲われた地下水道のほうが難易度は高かったかもしれない。
ゾンビを含む、アンデット系は特大剣の“光焔”属性が特攻だし、落ち着いてまずは脚を切断してしまえば組み敷かれる危険もないんだ。
だけどそれなら、以前にアエカが「五分と持たずに追い返されるかと」とまでは言わない。
ここでゾンビ以上の難敵となるのが――“ゴースト”。
アンデットの一種ではあるけど、実体がないため空中を浮遊し非常に捕らえづらく、また床下や壁の向こうから突然襲われる危険性もあった。
「やあぁぁんっ! もう帰るっ、もう帰るぅっ、ヒワちゃん助けてぇっ!」
「ツ、ツキウミッ、落ち着くのだ! 余はヒワではない!」
そして、まさかのゴーストが苦手だったのがツキウミ。
ゾンビは平気だったにもかかわらず、ゴーストがダメとはこれいかに。
そんなわけで複数体のゾンビを退けたあと、続いてゴーストに遭遇したところで、俺がツキウミに抱きつかれる形で動きを封じられたのが少し前。
湧き上がる配信コメント欄。ここにいる視聴者は、危険な状況を案ずるでもなく、美少女同士の絡みを喜ぶ正真正銘の変態どもだった。
しかも、抱きつくツキウミがスカートまで引っ張るもんだから、運営が操作するカメラなんかやたらとローアングルで煽ってくると、やりたい放題だ。
「ダメ、攻撃が通らない」
「ぬうぅっ、此奴らの攻撃は盾も竜鎧も貫通する!」
「このままではまずいですね……。ベルクさん、少しだけ時間を稼いでください! ツキウミさんをなんとか落ち着かせます!」
「アエカ殿、お頼み申す! スキル≪挑発≫!!」
この状況で、アエカが真面目なまま対応をしているのは幸いか。
だけど、ゴーストには属性攻撃しか通らないため、その肝心の属性攻撃ができる俺とツキウミがセルフ拘束状態では、なすすべがない。
相手の攻撃に対しても防御は当然“属性”を参照するため、現状で入手できる通常装備では対応できず、ベルクでさえ耐えられる保証もない。
だから地下水道と比べ、ステータスを上げてスキルも装備もしっかり整えてからでないと、すぐに追い返されてしまうというわけ。
「ニオさま!」
「アエカ、どうにかツキウミを……!」
「うぅーっ! ヒワちゃんっ、ヒワちゃんっ!」
「完全に我を失っていますね、ニオさまをヒワさんと誤認しているようです」
「この状態では特大剣を振るえぬ。ツキウミを一時的に拘束するでも構わぬから、なんとか引きはがし、まずはこの状況を収める」
「はい。ツキウミさん、聞こえていますか? 大丈夫ですよ、怖くありません。ニオさまも私もついています、何も怖くはありません、大丈夫です」
アエカは俺とツキウミをやさしく抱きしめ、まるで泣きじゃくる幼子に言い聞かせるよう、彼の耳元で心地のいい声音でささやく。
『てぇてぇ……』
『はぁ、助かる……』
『煩悩が洗い流される……』
『ママァ……』
『煩悩まみれだった少し前の自分が恥ずかしい……』
『ばぶぅ、ちゃーっ!』
『あーいっ!』
『あぅー、きゃっきゃっ』
『幼児退行はじまたwww』
『結局、変態じゃねーかwww』
配信コメントは見なかったことにして……。
「うっ、うぐっ、ヒワちゃん……?」
「ツキウミさんが抱きついているのはニオさまですよ。わかりませんか?」
「う……? ニオ……さま……?」
「はい、そうです。ニオさまはふわふわですから、こうしていると安心できるとは思いますが、それはおうちに帰ってからにしましょう。ね?」
「う、うん……。え、ニオさま?」
『ほう』
『興味深い情報だ』
『ニオさまはふわふわなのか』
『抱き枕……ふむ……』
「う、うむ、余だ」
「あっ、あわぁ、ごめんなさいぃ!」
「ツキウミ、我を取り戻したか? 大丈夫か?」
「はいぃ。昔、ヒワちゃんにホラー映画の二十四時間耐久鑑賞を強制されたことがあってぇ、そのせいでおばけはトラウマなんですぅ……」
くっ、あいつのせいか……!
「それは大変だったな……。だがいまばかりは安心せよ、余が守る」
「ニオさま……」
『イケメンニオさまきた』
『こんなん言われたら惚れる』
『ツキウミくん、乙女の表情になってる』
『これはさすがの私でも落ちるわ』
「ベルクとイースラが体を張っている。どうだ、戦えるか?」
問いかけに、ツキウミはようやく俺の胸元から顔を上げ、いまもゴーストの注意を引きつけているベルクたちの方へと視線を向ける。
一瞬、体を強張らせるいたいけな少女。
当然、そこには三体のゴーストが空中を自在に飛び回っているけど、次に視線を戻した彼の目には今度こそ明確な意思が残されたままだった。
「こ、怖いけど大丈夫ですぅ。終わったらまたギュッてしてもらえますかぁ?」
「う、うむ、仕方あるまい。少しの間、退けるまでは気を張るのだぞ」
「あぃ」
『うらやま』
『ニオさま、俺も』
『私もギュッてしてもらいたい』
『絶対に抱き心地いい』
『ふわふわ』
『いい匂いもしそう』
『おまえらはクンカクンカするからダメだろ』
『それな』
とりあえずコメントは放っておいて、まずはゴーストをなんとかする。




