第四十八話 邪教神殿跡ダンジョン(3)
「うぇぇ……やだぁ……」
「なんと惨たらしい様か……。ニオ姫さま」
「うむ、この場こそがその名すら伏せられ、ただ“邪教”とだけ後世に残る所以に違いない。ツキウミ、あまり直視するでないぞ」
「あぃ」
上階の神聖さは、しょせん閉じるための蓋にすぎなかった。
邪教とは、ことの本質があくまでも邪悪がゆえに、“邪教”なんだ。
正確には、神殿を構成する外周の円構造こそが囲いであり、地下通路を通ってたどり着いた場所に、本殿ともいうべき場所が存在した。
それは、円の内側で十字を構成する建物で、拝殿から進入できなかったからおかしいとは思っていたけど、要するに外部の者が簡単には立ち入れないよう、構造全体と仕掛けで隠されていたわけだ。
「罠はない、けど」
「すべてが拷問器具のようですね……」
「この場所で何が行われていたのかは想像をするよりないが、この光景を見てしまえば、古王国が自らの存亡を賭けたのも理解できる」
あくまで設定だったとしても、シミュレートされた実際だったとしても、仮定として、この世界が現実に存在する何かだったとしても。
「皆、周囲には十分な警戒を。トリストロイの骸渡りがための遺骸はそこかしこにあったやもしれぬ、たやすくはゆくまいぞ」
おぞましい雰囲気に気圧され、皆は静かに頷くだけ。
十字構造物の内部――この場所は、あくまでも神聖な印象だった外周とは正反対に、人の業がこれでもかと凝りに凝り固まった悪意の凝縮だった。
床や壁の作り自体は同じなものの、明らかに様相の異なるものとして、部屋や通路にまで並べられた無数の“拷問器具”の存在があるんだ。
どれも古びれ大量の黒ずみに汚れ、中には崩壊もしくは破壊されている物もあるけど、ここで常識では計り知れない暴虐が行われていたことはたしか。
幸いにも、かつての古王国時代で埋葬されたのか、それとも骸渡りの対象となってしまったのか、見える範囲に被害者の遺骸はない。
配信に乗せていいのかもわからないし、なくてよかったともいえる。
「しかし、この場の雰囲気……否、抑圧された澱みのようなものは異常ではありませぬか? 地下監獄で相対した、“骸渡りのトリストロイ”とは明らかに異質な気を感じまするが、彼奴めだとすれば……」
先頭を進むベルクが興味深いことを口にした。
たしかに、雰囲気のある場所はそれだけで気配を感じることはあるけど、それとは別に、ここでは実際に気圧される殺意のようなものを感じる。
ゲーム内だとて、スキルによるシステムのサポートがなければ、普通の人が気づくようなことでないとはいえ、だからこその違和感。
「これは、“骸渡りのトリストロイ”によるものではないですね」
「アエカ、何か知っているのか?」
「この神殿自体が、かつては結界の要だったそうですから」
「それは、つまり……この下に何か……」
「はい、第三層は“封牢”です」
「なんと……!」
「絶対にやばいのがいるじゃないですかぁ、やだぁっ!」
「ん、びっくり」
それは、ちょっと聞いていない話だなあ……。
国の真下に何かが封じられているなんて、まず“混沌の神々”関連だ。
たぶん、現時点でこれ以上は教えてくれないだろうから、イベントが終わったら古王国時代を紐解く必要がありそう。
配信画面でもコメントが騒めいていて、ただの“初心者用ダンジョン”だったはずが、“考察班”を自称する視聴者たちがにわかに慌ただしくしている。
『なんかしれっと貴重な情報が出てきた?』
『メインストーリーに関わってそうなのはたしか』
『どう考えても混沌の神々関連だよな』
『邪教が崇拝していた対象を考えると、それしかない』
『ユグドウェルの真下に混沌の神々とか、わろた』
『あれ、根の領域からのモンスターってここ狙い?』
『到達されたら国が滅亡とか、ありうる?』
『トリストロイは追い込むんじゃなくて、阻止しないといけない?』
『……まじか』
『ニオさま、まずいですよ!』
『ニオさま、どうにかして!』
『ニオさまーーーーっ!』
……。
…………。
………………。
ええーーっ、そういうことなのぉっ!?!!?
たたみかけられる不穏な新事実に、俺は一気に冷や汗をかいた。
ま、まだ確証はないけど、そうだとしたらのんきに“骸渡りのトリストロイ”を取り逃がしている場合ではない。
てっきり、逃げられるのはシステム的な制約かと思っていたけど、阻止をしようとすればできたりする……のか……?
いや、まだ視聴者が言っているだけで、事実とは異なる……。
いやでも、第二層にまで気配を演出して存在を知らせる必要は……。
「これは、やばいですね?」
「ニオ姫さま……」
「うわぁっ、やっぱやばいんだぁっ!」
あわわ、心の声が思わず漏れてしまった。
「い、いや、いまは気にするでない。この国を治める者として、考えることが増えたというだけだ。なに、いかような事態も、余がどうとでもする」
「おおっ、さすがはニオ姫さまであらせられる……!」
「信じますよぉ、信じますからねぇっ!」
「あたしは、最初からニオさまを信じてる」
「もちろん私もです。アル、あっ……主さまです、大切な」
「……いま、何を言いかけた?」
「いえ何も、うふふ」
アエカはすっとぼけたけど、「アル」とかなんとか……。
『アエカさま、いまなんか言いかけたよな?』
『アルとか? なんだ?』
『封じられている存在に関しての可能性が微レ存』
『考察班、頼んだ!』
『アルだけじゃ考察のしようが……w』
『アエカさま、漏らしすぎぃっ!?』
『アエカさまが漏らしたと聞いて』
『ニオさまが漏らすのはまだですか?』
『その可能性がありえなくもないからこそ、ニオさま』
『ここは変態ばかりのインターネッツですね』
漏らさないよ!? 途中からなんの話だよ!?
これだから、最初は配信画面を見ていなかったのに……。
つっこみたいのを我慢して、俺たちはさらに通路を奥へと進んでいく。
陰鬱な重苦しい雰囲気の中、モンスターの気配はすぐそばに迫っていた。




