第四十六話 邪教神殿跡ダンジョン(1)
邪教神殿――真正面からだと長方形に見える、その実、上から見下ろすことができれば構造物全体で円とその内の十字を象った建造物。
円と十字のレリーフは神殿の正門扉にも彫り込まれ、精緻な装飾の類からは邪教というよりむしろ神聖な印象を感じられた。
まあ、悪し様に言われるレッテルなんてものは、大抵の場合は時の権力者に都合いいよう利用されたがため、というのはどこも同じだろう。
「ニオ姫さま、それがしが先行いたす」
「ああ、ベルクにさきがけを任せる。イースラはあとに続き≪罠感知≫を、ツキウミは隊の中央、余とアエカが殿を務める。皆、頼むぞ」
「しかと心得ましたぞ!」
「ん、罠は任せて」
「わかりましたぁ。緊張するぅ……」
「ニオさま、≪生命探知≫は残存原理が三分の二以上のとき、できるだけ部屋ごとに行う、でよろしいですね」
「アエカ、手間をかけるが、できる限り見逃しはないようにしてくれ」
「はい」
そうして、俺たちはベルクを先頭に邪教神殿の内部へと進入した。
プレイヤーたちはすでに奥へと進行していて、耳を澄ませばそう遠くない場所から戦闘を交える音が聞こえてくる。
全パーティを通して俺たちが最後尾とはなるけど、いまも常時生配信中のため、これから逆転勝ちという盛り上がりを作るつもりだ。
というか、そういう指示だから……。
ちなみに、スキルの≪感知≫と≪探知≫の違いはパッシブかアクティブかの差で、前者はオンオフが可能で常時発動ができるものの、後者と比べてしまうと幾分か精度が低いという仕様。
イースラは、このうちの≪罠感知≫を持っているので、アエカと同じく原理が三分の二を下回るまではオンにしてもらっている。
「わぁ、きれいなところぉ……。崩れてるけどぉ……」
「そうだな。この場所で、かつてはどのような神事が行われていたのか、よほど信心深かったとみえる」
前を歩くツキウミが感嘆の声を上げたのは、まず踏み入った拝殿の様子が破壊されながらも荘厳で美しかったため。
高い天井はアーチ状の梁が複雑に組まれ、壁には絵画が描かれていたんだろうけど、いまとなっては色あせ当時の面影は残されていない。
崩れた壁と柱、跡形もないステンドグラスの窓枠、どれもこれもが残骸となり、それでも降り注ぐ青い光によって幻想的な空間を演出されていた。
そんな寂しげな光景に感じ入るものはあるけど、それもしばらくすれば、目の前で揺れるふさふさとした尻尾に興味は移っていく。
「こんなにきれいならぁ、壊さないで大事にすればいいのにぃ」
「ツキウミ殿に同意いたす。されど、人の世とは対立する相手に容赦をしない者こそが増長する。それがしはそのような者を認めはせんが」
「ベルクさんは、立派な騎士を目指してるんですねぇ」
「うむ、まだまだ精進せねばならん」
ヒワと同じく、リアル双子だというツキウミも猫の“獣人種”。
しかも、男の女の子な姿は妙にかわいげがあり、どうしてか精神的にクるヒワよりも、彼のほうがよほど心の癒しになる存在だ。
いまも杖を抱え込み、なぜか腰をくねらせて尻尾を揺らす様はしなまであり、やはり中身も女の子なのではないかと疑念を抱いてしまう。
自覚はないけど、まさか俺もそんな目で見られているのでは……。
隣のアエカなんて、だらしなく表情を緩めてしっかりとツキウミの背を追っているので、そろそろ釘を刺すべきかもしれない……。
「ニオ姫さま、進路はどうなさいますか?」
「ふむ? そうだな、迷ったところでどこへと繋がるかはわからぬ。天運に任せ、我らは拝殿左奥の扉から進むとしよう」
「御意!」
拝殿には、入ってきた扉のほかに奥へと続く鉄扉が四ヵ所あった。
その内の左奥を選んだのは単純に閉まっていたから、開いている扉はほかのパーティが進んだと考え、同じルートを避けたんだ。
そうして拝殿を出ると、なんの変哲もない普通の廊下が奥へと続いていた。
窓から差し込む青い光以外に光源はなく、まだランタンは使っていないものの、多少薄暗いだけで進むことに支障はなさそう。
通路自体は右へと緩いカーブを描いていることから、円状構造物の外周にあたる部分で間違いはないだろう。
「生命反応はありませんね」
「罠もなし」
「油断はするな。警戒を維持したまま進む」
「御意!」
俺はモンスターの配置には関わっていないため、この場所に何がいるのかまでは知らない。
ただ、普通に考えたら“アンデット”や“悪魔”、場合によっては“天使”なんかも配置されるような場所だから、≪生命探知≫に引っかからない“アンデット”だった場合を警戒して、特に物陰には注意をして進んでいく。
ゾンビに舐められでもしたら、メンタルブレイクしかねないからね……。
「あ」
「イースラ? どうした?」
何事もなく進んでいると、イースラが廊下の隅に置かれている頭部の欠けた胸像に反応を示した。
「仕掛けがある」
「罠とは違うのか?」
「違う、みたい」
「仕掛けの種別だけでもわかれば……」
「んー、隠し扉……? 危険なものじゃない」
「隠し扉か……」
「ニオさま、どうする?」
「万が一には備え、開けよう」
「わかった」
少しでも危険があるのなら避けるべきだけど、隠し扉を見つけて開けないというのは、生配信的にはおいしくない。
いや、俺は配信者ではないからむしろ避けたいけど……運営から「そこはスルーするな」とあとで言われるのは目に見えているので、手は出しておく。
イースラが「危険なものじゃない」と言っているし……。
そうして彼女は無警戒に近づき、像を基部から回すように動かした。
「ふぇっ!?」
「わぁんっ!?」
その瞬間、声を上げたのは特にかわいらしい声のふたり。
「いたっ! あっ! んぐっ!? ぐぇっ!」
「あぅっ! んにゃっ! やっ! いたいっ!」
何が起きたのかは、階段を転げ落ちながらもすぐに察した。
てっきり壁が開くか何かだと思っていたけど、動いたのはまさかの床。
ちょうど俺とツキウミが立っていた場所が横へとスライドし、バランスを崩して横転、床の下に現れた階段へとふたりもつれて転がり落ちたんだ。
うん、罠ではないんだろうけど、俺にとっては罠というか……。
これも運命なの……か……。




