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第三十五話 おじさま、交流する。(5)

 ――探索者ギルド。


 ここにはじめて訪れた頃よりも、何度か拡張を施してだいぶ広さが増したエントランスに、俺たちは足を踏み入れた。


 その広さは、テニスコート二面ほどにはなっているだろうか。クエストの斡旋窓口はプレイヤーでごった返し、併設された道具屋や裏の鍛冶屋に続く扉からも、多くの人の流れが絶えることなく行きかっている。


 当然、そんな中に姿を現せば視線を集めるものの、大抵の場合は軽い挨拶をされるくらいで、それなりの自由にはさせてもらっていた。



「あ、ニオさまだ。こんにちわ~」


「ああ、こんにちは。今日も精が出るな」


「ふへへ。新しい生地を見つけたので、服を作ろうかと」


「そうか、よい物ができるよう期待しているぞ」


「がんばります~」



 プレイヤーとの交流も慣れたもの。


 名前を知るほどでない相手に対しても、こうして挨拶をされれば、詰まらずに軽い会話を交わすくらいはできるようになっている。


 あくまで、“ニオとしてなら”だけど……。


 皇姫が「こんにちは」と返すか? という疑問も最初こそはあったけど、いまとなっては“中の人”的な対応も受け入れられているので、まあよし。



「わぅわぅーっ! ニオさまぁーっ!」



 そうしているうちに、こちらを見つけたムーシカが跳びついてきた。


 彼女のニオに対する遠慮のない様は、この一週間でプレイヤー間でも周知の事実だけど……押し倒されて、舐めまわされている姿をニコニコしながら動画に撮るのは、さすがにやめてほしいかな……。


 ちなみに、録画も配信も頭上にアイコンが出るので隠しようがないし、スクリーンショットを撮るには手で枠を作らないといけないから、わかる。



「ぺろぺろ、わぅわぅーっ! やっぱりニオさまはおいしいのだーっ!」



 えっ? なに、俺っておいしいの……?


 馬乗りになって俺の顔を舐めまわすムーシカに対し、俺はまな板の上のマグロ状態。前に許可を出してしまった手前、いいようにされるばかり。



「閃いた! 夏イベの同人誌はこれでいこう!」

「お、まじで。買いに行くから、ついでにニオ教でオフ会やらん?」

「いいね。撮りためた動画の鑑賞会といこう、お宝ばかりだ」


「あの、参加は無理なのですが、ニオさまのお宝映像とやらを秘密裏に交換はできないでしょうか? 秘蔵映像なら私も所持していますので……」


「アエカさま!? それはこちらからお願いしたいくらいです!」

「そ、それなら、ニオさまの寝巻姿とかはありませんか!?」


「もちろん抜かりはありませんよ。ご期待ください」


「「やったー! さすがアエカさま!!」」



 待て待て、ネタにしないで!? ニオ教とは!?


 って、アエカァッ!? ハァハァしていたと思ったら混ざってる!?


 不穏な会話をしているふたり組以外のプレイヤーも、まるでもう慣れ親しんだ日常の光景といわんばかりに、穏やかな眼差しで見守ってくれている。

 アエカにしても、いちおう公式のサポートプレイヤーということで周知されているにもかかわらず、なんで違和感なく溶け込んでいるんだ。


 おかしい……ニオはもっと威厳のある存在だったはず……。



「うぷぷ……。ムーシカ、そろそろ……」


「わうぅっ、ごめんなさいなのだっ! 何かご用なのだぁ?」



 ムーシカは俺の上に跨ったまま、尻尾をぶんぶんと振って嬉しそう。


 これ! この愛犬かのような様のせいで、どんなことでも許してしまうんだ!



「ここにベルクは来ていないか?」


「わうぅ?」


「見るからに巨漢の“竜人種(ドラゴニュート)”なのだが……」



 ムーシカは首を傾げて心当たりはなさそうだ。


 プレイヤーなら、まずはここかと思ったんだけど……。



「ニオさまぁ、不落さんをお探しですかぁ?」



 その時、寝転がる俺を上から覗き込むプレイヤーに声をかけられた。


 ノースリーブの短い上着にへそ出しショートパンツ、首元にはマフラーを巻いた軽戦士風の出で立ちで、猫耳と尻尾も生やした“獣人種(ウォービースト)”の少女。

 クリームソーダ色のミディアムヘアは涼やかに思えるけど、その奥から覗く橙色の瞳は意地悪そうに笑い、どことなくトラブルメーカーな印象を受ける。



「……そなたは?」


「情報屋の“ヒワ”だよぉ」


「その情報屋が、余に何用か?」


「えー、警戒してるぅ? 大丈夫ですよぉ、前に噴水広場で話してたのを聞いていたものでぇ、ヒワの有用性を示すために近づいただけですからぁ」


「ずいぶんと正直なのだな」


「くふふ♪ 第一は信用なのでぇ。それで不落さんなんですけどぉ、少し前に南門から出ていったのでいまならまだ間に合うと思いますよぉ」


「情報料は?」


「いえいえ、このくらいじゃ料金は取りませんよぉ。それよりもぉ、“情報屋のヒワ”の名前を覚えてくださいねぇ。きっとお役に立ちますからぁ」


「よかろう。曲者にも思えるが、その名をたしかに覚えたぞ」


「くふふ♪ ありがとうございますぅ。今後ともよしなにぃ」



 “情報屋のヒワ”と名乗った少女は、自分が立ち上がるついでにムーシカの手を取って彼女も立たせる。



「ムーシカちゃんもぉ、ヒワのこと覚えてねぇ」


「わぅ、わぅぅっ? わうぅぅぅぅっ!?」



 そうして、ヒワはムーシカに抱きついてそのまま撫でまわしはじめた。


 うん……。ケモミミ娘がふたり、じゃれ合っているのは悪くない……。


 い、いや、そうでなく……俺もふたりに追従して立ち上がる。



「情報に感謝する、ヒワ。早急に追いかけることとしよう」


「そういえばついでにぃ、掲示板は見ましたぁ?」



 ヒワはムーシカとダンスを踊りながら、こちらに顔を向ける。



「うむ?」


「あれ、まだかなぁ? 今朝方のことなんですがぁ、町を出て南へまっすぐ三キロくらいの場所にぃ、ネームドモンスターが出たらしいんですよぉ」


「なんだって……?」


「だからぁ、不落さんはその討伐か調査に向かったんじゃないかなぁと」



 今日はまだ掲示板をチェックしていなかったので初耳だ。



「アエカ、聞いたか? 我らも調査に赴くぞ!」


「はい! お供します!」


「あっ、でも気をつけてくださいねぇ」


「何かあるのか?」


ワーム型(・・・・)のモンスターなんでぇ、いつものこと(・・・・・・)ならぁ、真っ先にニオさまが大ピンチに陥りますよねぇ。けしからん意味で」


「……」



 否定はできない。


 そして、周りのプレイヤーの目の色まで変わった。


 立場上、無視することもできないけど……ど、どうする……?

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