第三十六話 フラグはへし折る、絶対にだ。
一度口に出してしまった以上は仕方なく、俺とアエカはネームドモンスターを確認するために町から出立した。
そのまま目的地へと南下するも、あとをついてくるプレイヤーの数はすでに三十名を超えている。
なんでこうなったのかは言うまでもなく、ニオの、つまり俺の動向はすぐにSNSで拡散されるから、結果このざまなんだ。
絶対に、今度こそ、油断をして舐められはしない……。
「書き込みは、これか……」
歩きながら、ヒワに教えてもらった掲示板もチェックする。
件の掲示板では、ネームドモンスターに遭遇したというパーティから報告が上がり、プレイヤーたちがその後の対応を率先して話し合っていた。
“ネームドモンスター”とは、つまりは名前付きのモンスターを指し、通常よりも強力なボス格の個体の総称だ。
当然レアドロップを期待できるから、見つけた者が優先して討伐権利を所有するものの、遭遇したパーティは接敵と同時に全滅したそうだから、放置するわけにもいかずこうして報告を上げたとのこと。
「これ、数の暴力でなんとかなるもん……?」
「プレイヤー次第としか言いようがないですが、現状で理不尽なほどではないはずなので、ニオさまが統率すれば討伐は可能だと考えます」
「オレが先頭に立つのかあ……」
≪皇姫への敬愛≫のスキル効果的にも先頭にいる必要はある。
でも注目されるということは、それこそ拘束に注意をしないといけない。
ネームドモンスターの名前は、“冥獣ニェニェヤクトルェ”。
わかっていることといえば、長くて大きいワーム型、細い触腕がたくさん、体表がぬめぬめしている……。まずい、本当にニオ特攻じゃないか……。
捕まったら、ただでさえ風前の灯火の尊厳が消し飛ぶ……。
「これは、危険すぎますね……」
同じ掲示板を見ているアエカもそう判断したようだ。
「ああ、もしも触腕とやらに捕まれば、これまでにない貞操の危機だ……。こいつはなんとしてでも、皇姫たる尊厳をもって全力で処さなければ……」
「ですが、こうしてついてきた皆さんの期待もあります。ほんの少しだけ、絡めとられるのもありなのではないでしょうか?」
「おまえは何を言ってるんだ?」
ダメだこいつ早くなんとかしないと。
アエカは真剣な表情ながらも、期待の眼差しを向けてくる。
ねっちょねちょでぐっちょぐちょな美少女を見たいと、本心がだだ漏れのようだけど、それこそあってはならない事態というのをわかってもらいたい。
自分から率先して舐められているわけではないんだよ……?
***
ユグドウェルの城下町がある渓谷から南へ進むと、山岳地帯は徐々になだらかになっていき、やがて平野へと景色を変える。
すでにある程度の穀倉地帯を広げているけど、こちら側は≪冥い根の領域≫がそう遠くないため、いずれは危険に晒される地域でもある。
そんな、いまはまだあぜ道が通るだけののどかな風景の中を、プレイヤーの一団を引き連れ歩いていく。
そよそよと涼やかに流れる風が心地いい。動植物の営みや川のせせらぎも穏やかで、このまま何事もなければピクニックだってできる環境だ。
そうして、南へと歩くこと四十分――。
「おおっ、ニオ姫さま! まさかこのような場所でお会いできるとは!」
いた。黒鋼色の巨漢、“不落さん”ことベルクだ。
平野のただ中、木々が寄せ集まって小規模な林となった場所から、彼がその巨体を大きく揺らしながら姿を現した。
両手には話に聞いていたとおり、右手に補助武器のランスを、左手にレリックの武器種の中でも選ぶ者は少ない“盾”を持っている。
竜人種はキャラクターカスタマイズ次第で、自前の竜鱗が鎧の役目を果たすため、彼の様はすでに騎士のそれ。
「久しいな、ベルク。ネームドモンスターが現れたと報せを受け、余も対応のために来た。状況はどうなっておる?」
ベルクに促され、林の中に身を潜めたところで状況を尋ねた。
彼や、ついてきたプレイヤーのほかにも、林の中には十数名の先遣隊がいるようで、耳を澄ませば「増援だ」「ニオさまが直々に」「これでなんとか……」などと、声量を抑えてささやく人々の声が聞こえてくる。
「ニオ姫さまには、まず謝罪をせねば……」
「先走った者でもいたか?」
「ぬぅっ! すべてお見通しとは……感服つかまつった……!」
ベルクは凄まじい勢いで頭を下げるけど、掲示板に「死に戻った」との書き込みがあったから、見通したわけではなかったりする。
「して、冥獣にぇにゅ……にぇにえやきゅ……にゅにゅ……んにゅ……。と、とにかく、ネームドモンスターはどこに?」
くっ、すんごい言いにくい名前なのがいけない……!
「彼奴めはあちらの岩場に身を潜め、洞の奥で何やら策を弄しておる様子。しばらくは小康状態を保つも、秘密裏に攻撃を仕掛けた九名が返り討ちとなり、それがしも救うことならず、誠に無念……」
「ふむ、功を焦ったか。被害はそ奴らだけか?」
「そいつらがレアドロップを独占しようとしたせいで、俺たちも危険に晒されました。それでも、ベルク氏が押し返してくれたおかげで無傷です」
横合いから話に入ってきたのは、林に潜んでいた先遣隊の戦士だ。
すでに交戦自体はあったらしく、ベルクが押し返したということは、ほかが瞬殺されるような相手に対し盾役をなしたということ。
まさに聞きしに勝る不落さん、やはり彼こそパーティの盾役に欲しい。
「よし……。ベルク、そなたはこたびの戦場において陣頭指揮を執れ。見事、冥獣の討伐を成し遂げた暁には、その時こそ我が騎士に召し抱えることを、“ニオ ニム キルルシュテン”の名において約束する」
「お、おお……このベルク、ありがたき幸せ!!」
「喜ぶのはまだ早い。聞きしに勝る竜が騎士としての実力、まずは余が自らの竜眼をもってして見届ける。励むがよい」
「御意!」
ふははっ、これでニオはベルクの庇護下に入った!
彼なら絶対に守ってくれるはずだから、もう何も怖くない!




