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第三十話 GAME START(6)

「もうやだ。ここから出たくない。引きこもる」



 まだ朝の早い時間、俺は城塞に戻ってきて不貞腐れていた。


 拠点はその土地の主、権限所持者の許可がないと進入できないため、プレイヤーの視線に晒されないここがすでに俺にとっての楽園だ。



「うさぎが他者を舐めるのは愛情表現らしいですよ。弄ばれたのではなく、親愛の証としてあのような行為を、よかったではないですか」


「なにそれ、うさぎといってもいちおうモンスターだよな? ニオからはモンスターに好かれるフェロモンでも出てるのか?」



 アエカは慰めようとしてくれるけど、モンスターに好かれてもな……。


 狩ることで死体が残るのが野生動物で、霧散してアイテムをドロップするのがモンスターだから、ホーンラビットは確実に後者。



「フェロモンですか……。ありうるかもしれません……」


「そんなバカな。アエカが把握してないことなんて、この世界に……」



 俺は横たわるベッドの上から、視線だけをそばで立つアエカに向ける。



「いえ、ニオのユニークスキル≪皇姫への敬愛≫が、モンスターにまで影響を及ぼしているのかもしれないと思いまして……」


「ええっ!? ま、まさかモンスターにまで≪英雄≫効果が……?」



 スキル≪皇姫への敬愛≫は、ニオを見た者にバフを付与するものだ。


 パーティ所属の有無を問わず“見た者すべて”に影響を及ぼすため、レベルを上げていけば大規模戦などで重宝されるスキルとなるはずのもの。


 それが、モンスターにまで影響を与えていたとなると……。



「支援効果まではさすがに……。ですが、実はスキル名どおりに“敬愛”の認知を見る者に与えるので、そのせいかもしれません……」


「……それって違法なんじゃ」


「他者の認知そのものを、一方的に改変するのは罰せられることもありますが、あくまでニオを見た時の心証を向上させるだけですからね。大部分のプレイヤーの第一印象が“かわいい”なので、問題はありません」


「えっ……。それって、まずくないか……? もし、アエカのような変質的衝動を持つ他人が、オレの姿を直視してしまったら……」



 なんだかんだあっても、アエカはまだ理性を残しているし……。



「変質的衝動とは不本意ですが、≪World Reincarnation≫の中である限り、直接的なハラスメント行為を受けることはありません。大丈夫です」


「で、でも、モンスターからは……って話だよな、いまの」


「……」


「何か言って?」


「現状で確かなことは言えませんが」


「うっ……」


「そうでないかもしれませんし、そうであるかもしれません。ただ、可能性としてはありえて、これまでもおじさまばかりが狙われた理由となりますね」


「そんなーっ! オレばかりがおかしいと思ったんだ!」



 ちょっとした絶望だ。


 もしアエカの言っていることが的を射ているとしたら、プレイヤーから好意的に見られるのはまだいいとしても、これから遭遇するモンスターすべてから、未成年閲覧注意的な仕打ちを受ける可能性があるということ……。


 モンスターは本能のままに動いているから、それこそ危うかったスライムの時みたいに、苗床にされる危険性まで……。



「うっ、うっ、やっぱ引きこもる。もうおうちから出ない」



 こんな事態になれば幼児退行もする。

 額に手を当てて目も隠し、泣いたふりだ。



「まあまあ、そんな悲観的に捉えず、ホーンラビットの一件でも信者……ファンが増えているので、おじさまががんばられたかいはありましたよ」


「いま、“信者”って言った?」


「ファンです」


「たしかに“信者”って」


「ファンです」


「……」


「……」


「まあ……いい……」



 このまま引きこもっていたいのは本心だけど、システムに保護されている以上は、引き続き役割を演じなければならないのは確か。


 不確かな事態では、“はいそうですか”とならないのが社会だ。むしろプロモーションに使われるくらいだし、いまの話がそうであるのなら(・・・・・・・・)、二度と起きないように自ら最大限の警戒をしてプレイするしかない。


 目隠しをしていた額の腕をずらし、再びアエカを見る。


 彼女は、横たわる俺をベッド際から少し困ったように見下ろし、それでも俺が自ら決断するのをただ静かに見守ってくれていた。



「はぁ……」



 わざとらしく溜息を吐いて億劫なふりをするものの、結局、彼女の信じてくれる俺という人物は、少女の身に入ったところでやはり俺でしかないんだ。



「わかった、悲観的に捉えるのはよそう」


「おじさま……」


「だからと、人前であんな仕打ちを受けるのを許容したわけではないから、できるだけ避けられるように最善を尽くしたい」


「はい、こちらでもスキルの影響を解析してみます」


「頼む。ただでさえ、この姿は人前で恥ずかしいんだから、せめてニオらしい威厳を保てるようにかっこつけさせてくれ」


「おじさまはかっこいいですよ」


「でも、いまはかわいいばかりなんだろう?」


「そうですね。おじさまが描いたニオですから、かわいいです」


「う……。喜べばいいのか、嫌がればいいのか……」


「ですから、かわいいものは然るべき保護を受けるべきなのです!」


「やめろ! そうやって詰め寄るな!」



 俺は、尊い笑顔を向けてくれるアエカこそが守るべき存在だと思う。


 だけど、いま見えているすべては、ニオを通してしか接していない世界。

 人の手によって創られた、本来はゲームでしかないはずの仮想世界。


 それがどうしてか、この世界は生きている(・・・・・)――。


 この言い知れない違和感はいったい何か。その正体を見つけなければ、たぶん俺は……もとの自分に……もとの世界へと帰れない……。


 そんな、予感がする――。



「何はともあれ……さっきの、録画されてたよな……?」


「されていましたね。ついでに配信も行われていたようです」


「うぐ……。う、うあーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「お、おじさま、落ち着いてください!」


「せめて、ほとぼりが冷めるまで隠れてるのはダメ!?」


「ダメでしょうね。プロモーションとして期待をされています」


「うっ、うっ……。外に出るのが憂鬱だ……」



 進む覚悟をしようと、こればかりはすぐどうにかなるものではない。


 たぶん、すでに多くのSNSでホーンラビットに舐めまわされる姿が共有されてしまっているだろうから、やはりこのまま引きこもっていたい。


 今日も、そしてこれからも、少し油断をすれば舐められるこの世界で、俺は“ニオ ニム キルルシュテン”として生きていく――。



 フルダイブ型新世代VRMMO≪World Reincarnation≫



 正式サービス、スタート――。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。


これにて、第一章“おじさま、女の子になる。”は終了となります。


第二章では、おじさまがより多くのプレイヤーと交流をしパーティも組むこととなりますので、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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