第二十九話 GAME START(5)
「きゃーっ! アエカさまーっ!」
「ヒューッ! さすがアエカさまの膝射、安定してるぅっ!」
「高速で動く小さな的に百発百中でありますな!」
「ビューティフォー……。どこであれほどの射撃技術を……」
……あれ、なんでぇっ!?
いいところを見せようと意気込んだまではいいものの、いまのところプレイヤーたちの賞賛の声はアエカにしか向いていない。
ホーンラビット――その名のとおり角の生えたうさぎ。こいつは町の近傍にも生息し、多くのプレイヤーが最初に遭遇するモンスター。
すばしこく、油断していると額の角で突き刺されるとはいえ、攻撃が直線的なため戦闘に慣れるにはちょうどいい相手だ。
にもかかわらず、先ほどから俺の特大剣は空を斬るばかりで、その隙をアエカが狙撃するという役回りとなってしまっていた。
「たしかに地下水道ばかりこもってたから、はじめて相手したけど……攻撃が当たらないなんて……こんなの絶対おかしいよ……」
ひょこりと草の間から顔を出したホーンラビットに対し、俺はすぐ特大剣を横薙ぎにするも、跳躍して避ける相手にやはり攻撃が当たらない。
そこを腰を落として片膝だけ立て、その上に肘を乗せて銃を構えているアエカが、またしても狙撃で命中させる。
先ほどからこの繰り返しで、もはやこの場はアエカによる独壇場だ。
「ぐんぬぬ……」
「ニオさま、目標数を達成しました。自ら囮役を買って出るとはお見事です」
「ぐっ……。囮になりたかったわけではないのだが……」
「えっ、違うのですか……?」
もちろん、ホーンラビットくらいは一方的に討伐するつもりでいた……。
にもかかわらず、結果は見てのありさまだ……。
よくよく考えてみると、特大剣は初速に乗るまでがどうしても遅いから、その一瞬の間隙がホーンラビットとは相性が悪いんだろう。
立ち回りも大振りになるし、だからと切れ味で戦う武器でもない特大剣を小さく振ってしまえば、体重の軽い相手の致命傷にもならない。
俺は、最初から選択を間違えたんだ……。
「モウ少シ、狩ル」
「は、はい? 私は構いませんが……」
「ところで、遠間から狙うコツを教えてもらえないか?」
「はい。狙いどころは、やはり相手の動作の転換点ですね。それも跳躍の終点、落下に入る直前と地に足がつく寸前がもっとも当てやすいです」
「なるほど……。最初に戦ったゴブリンの時も同じ……」
といっても、素早さだけならゴブリンよりも遥かに上だ。
だがしかし、こちらを観戦しているプレイヤーたちに一度くらいはいいところを見せておかないと、今後の“ニオ”としての面目が保てない。
ならば見せてやろう、最後はプレイヤーの意地こそが勝利することを!
「さて、従者の手柄は十分だな……。きさまらにはなんの恨み辛みもないが、我が民の腹を満たすがため、最後は余が相手となろう……!」
「ついにニオさまが動いた!」
「真打登場、待っていたであります!」
「きゃーっ! ニオさま、かっこいーっ!」
「やっぱニオさましか勝たん!」
「見せてもらおうか、ニオさまの実力とやらを!」
ふははっ! やはりこうでなくては!
草原を見渡せば、獲物となるホーンラビットはそこかしこにいた。
特大剣を水平に構え、狙いを定めた一匹に対し踏みしめた大地を蹴る。
初速が遅いのなら、俺自身の前進までも初速に乗せて斬ればいい。
「せえぇぇぇぇいっ!!」
だけど、これも一瞬で感づいたホーンラビットには避けられた。
だがしかし、跳躍させたのはあえてだ。
俺は大地に触れそうなまで振りきった特大剣を返し、すでに“70”という数値に達した腕力をもって、落下軌道の相手に振り上げる。
これぞ、俺的秘奥義≪特大剣燕返し≫!(いま適当に思いついた)
ニオの腕力値があるからこそできる技、相手は死ぬ!
「げぇっ!?!!?」
「ニオさまーーーーっ!?」
結果は見えていたはずなのに、その瞬間になぜか吹き飛ばされた。
横合いからの痛烈な一撃はいったい何事か。草原にごろごろと転がりなんとか勢いを殺して顔を上げると、数匹のホーンラビットが赤い目でこちらを遠巻きにしながら、そのつぶらな瞳が笑っているように見えた。
え、普通のうさぎって笑いませんよね……?
いや、あいつらはモンスターか……。
「キィ、キューッ!」
「「「キューーーーーーッ!!」」」
「えっ、なにっ!?」
一匹が鳴くと、ほかのホーンラビットまで一斉に跳びかかってきた。
「んにゃあっ!? ななっ、なんなのっ! おまえらっ、いったいっ!?」
「キュキュッ、キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュッ!」
「んはっ!? やめっ、くすぐったいっ! んああっ、そこっ、ダメェッ!!」
「キュキューッ! キュキュキューッ!!」
「いやっ、あはぅっ!! スカートの中んあっ、ほんとダメェェェェッ!!」
舐められた。
またしても、舐められた。
数十匹はいるだろうホーンラビットは、一匹を払いのけたところで残りが俺の体を押さえつけ、ただひたすらに全身を舐めまわしてくる。
俺は自分ではどうすることもできず、ただなすがままになるばかり。
「ニッ、ニニニオさまっ、いいいいまお助けしますっ! ジュルダバァッ」
「はっ、はんっ!? 早くっ、助けてっ、アエカッ!! んぅっ!?」
「いますぐっ! いますぐにっ、お助けしますからっ!」
「手が動いてないっ!!」
「だってだってっ、かわいい小動物にペロペロされる、かわいいかわいいニオさまとかっ、私にとってはご褒美でしかないんですよっ!?」
「おいぃぃぃぃっ!? いいから助けっ、んあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「大変ですっ! 鼻血が出ますっ!!」
ああああっ!! 大変なのは俺だーーーーーーーーっ!!
「おい、録画してるか……?」
「してる……。でもこれ、いいのか……?」
「公式PVでもNG集があったし、いいんじゃ……」
「しかし、これでこそニオたんでありますな! 眼福であります!」
「きゃああんっ! やっぱりこっちのニオたんが好きぃっ!」
「このような事態に遭遇するとは、私もよくよく運のいい男だな」
大惨事だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!




