第二十四話 オレは抱き枕を強いられているんだ!
「わうぅっ! イースラーーーーッ!!」
地下水道ダンジョンを出て城塞に戻ると、俺たちを見つけたムーシカが大手を広げて駆け寄ってきた。
ただ、無事だったとはいえ、これ以上イースラの傷を広げてはいけないと考え、跳びつかないように直前で静止させる。
「ムーシカ、イースラは脚を骨折してだいぶ消耗もしている。すぐ彼女の家に運ぶから、ロジェスタたちを呼んできてもらえるか?」
「わうぅぅ、イースラ……。わかったのだ、すぐ呼んでくるのだ!」
当のイースラはダンジョンから出たところで意識を失った。
張り詰めていた緊張の糸が解けたんだろう、いまは俺とアエカが両隣から持ち上げ、足が地面に触れないよう支えている。
アエカも肋骨が折れたままなので、NPCよりも丈夫とはいえ、このあとはもう休んで回復に専念させるつもり。
時刻は昼を回った頃。穏やかな日差しと涼やかな気候がのどかさを演出してくれてはいるけど、疲れから大した実感は得られそうにない。
それでも、これほどに心身が疲労したとしても、下手をしたら失っていたかもしれないイースラを救えたのは、本当によかった。
とてもゲームとは思えないこの世界で、ひとつ成し遂げられたんだ。
「いつか、“骸渡りのトリストロイ”とは決着をつけないとな」
「くれぐれも無理はしないでくださいね、おじさま」
アエカが少し表情を曇らせて返してきた。
仕様上、“骸渡りのトリストロイ”は第一層で討伐することができない。
一層では外身の巨大ネズミを剥がせるだけで、その正体となる、内に潜む“ジャイアントスライム”はさらに下層へと移動してしまうからだ。
そして放置すれば、ボスでさえダンジョンから外へと出てくるゲームの仕様も相まって、領土内に存在する奴は絶対に見逃せないボスの一体。
とはいえ、深層はしっかりとパーティを組んで挑むしかないから、正式リリースされるまでは手を出すこともできない。
だからいまは……。
「アエカ、オレは自分自身とこの国を、もっと強く、もっとよくしたい」
「はい、頼まれずとも私は力添えをします」
「いつもありがとうな」
「私は、幾度生まれ変わろうともおじさまのアエカですから」
「はは、変なことを言う」
「なんにしてもお疲れさまでした、おじさま」
「ああ、アエカもお疲れさま。今日はもう休もう」
「はい、お腹もすきましたからね」
「ほんとぺこぺこだ」
そばを流れる清流が、俺たち自身の緊張も洗い流してくれる。
思い起こすのは、≪World Reincarnation≫に対する期待と、芽生えてしまった疑念がないまぜになった言い知れない予感……。
たびたび感じる、この正体不明の違和感はいったい何か……。
この世界は、答えを曖昧にしたままこれからどこへと向かうのか……。
俺は、この世界、≪星霊樹の世界≫を見極めるまで――
ひとりの少女“ニオ”として、生き抜いていく――。
***
――ユグドウェル城塞、寝室。
イースラを皆で彼女の家まで運び、自室で一段落してからは主に町の区画整備の計画を立てていた。
すでに存在する建物はUI上でずらして整備できるから、やはりここはゲームの中なんだと思うけど、それだけで納得できないことはどうしてもある。
なんにしても狭かった通りを広げ、あとで上下水道も整備するとして、いまは当面の事業に当てた“間伐”が終わるのを待つことにする。
「それで、ログアウトしなくて大丈夫なのか?」
二日目が終わりに近づき、寝室の体裁も整ってきた。
朝方、オレダーたちが運び込んでいた資材はどうやら寝具用だったらしく、掃除も行き届いた室内にはダブルベッドが設置されてあるんだ。
すでに夜の帳は落ち、ランタンの揺れる火が眠気を誘うけど、ベッドの上であぐらをかいたままの姿勢なのは、隣に横たわる厄介者がいるから。
「いまは急を要することはないので。それに、過去に何度もベッドを共にしたのは既成事実ですから、いまさらではないですか」
「いっ、意味深に言うな!? 過去といっても、アエカがまだ小さかった頃の話だろう……。大人になったいま、嫁入り前の娘が……」
いや、すでに今朝方も潜り込まれているけど……。
それだけでなく、一緒の入浴まで強いられたけど……。
「おじさまがあまりにも貞操を気にするので、ずーっと我慢をしていたんです! いつも『嫁入り前の娘がー』などと言いますが、私としてはおじさま以外に嫁ぐ気はないので、押しかけ女房を見損なわないでください!」
「な、なんでそこまで……」
「出逢った時からお慕いし続けて幾星霜、ただそれだけです」
「でもな、十以上も歳が離れていると……」
「年齢差は関係ありません、実質は私のほうが年上ですし」
「いやいや、それはさすがに冗談がすぎる!」
「それに、知っています。本当は、あの人と血の繋がりがあるからと、ホツマさんは私を女性として見ないようにしているんですよね」
「――っ!? クソ親父か……関係ないとは言えないけど……」
「私は気にしていませんのに」
図星だった。
人当たりのいいアエカが、ただひとり嫌っていたのが俺のクソ親父で、その面影を受け継いでいるとなると、彼女に好かれる理由がない。
兄代わりでありながら、俺が十代の頃から“おじちゃん”と呼ばせるようにしたのも、必要以上に踏み込ませないためでもあった。
こればかりは、すぐにどうこうと割り切れない俺の“弱さ”。
「まあ、それはともかく……なし崩し的に同衾は許さないよ?」
「なぁーんでですかぁーっ!? いまのおじさまは女の子ではないですかっ! 何も問題はないはずですっ!」
「いやいやいや! それこそ問題大ありだろ!?」
だって中身が俺でなかったとしても、美少女は危険だ……!
「いいじゃないですか! 少しくらいはいいじゃないですかっ! ちょうど腕の内に収まるくらいの抱き枕を、こう、わたあめを包み込むかのように抱きしめて……美少女のかぐわしい香りも楽しみながら一晩を夢うつつに眠る……。至高ではないですかーっ! はぁはぁっ、寿命も延びるってもんですーっ!」
「抱き枕にされるのがオレ! 問題しかない!」
「むぅぅ……。手は出しませんよ、来たる時が来るまでは」
「なんだその来たる時ってのは……」
「ふふっ、秘密です」
今度は怪しげに微笑むアエカの様子に、俺は諦めざるをえない。
ベッドは仕切るけど、楽しそうにする彼女からは何も奪いたくないから。
そうして、夜は更けていく……。
≪World Reincarnation≫での二日目が終わる――。




