第二十三話 プリンセスオブロードドラゴニア
――アエカとはじめて会ったのは、俺が十八歳、彼女が四歳の頃。
事のそもそもの原因は俺の父親にあり、あの不義をなんとも思わないクソ親父のせいで、彼女と、彼女の母親と同居することになったのがはじまりだ。
突然、知らない人たちに引き合わされて「今日から家族」なんて言われたんだ、まだ幼かったアエカは怖かっただろう……。なんてことはなく、なぜか初対面のその日から懐かれていて、むしろ俺のほうが困惑したっけ……。
理由は、二十年が経ったいまでもわからない。
結果として、クソ親父が原因のごたごたがすべて解決し、俺もひとり暮らしをはじめたあとで押しかけ女房と化したのがいまのアエカ。
だから、俺は兄代わりとして彼女がもう誰にも振り回されないようにと、ただ一番の家族でありたいと願ってきた。
そうだな……後にも先にも、俺の最推しはやはり“アエカ”なんだ――。
「それが、一体全体なんだって傷ついてやがる……」
「おじ……さま……?」
「オレの目の前で……クソネズミごときが……何してくれて……」
「お、おじさまっ……!?」
視界が黄金色に明滅する。
地下水道の天井だったはずの場所には空が見え、星が見え、雄大な星霊樹が、その大きく広げた枝葉から光り輝く粒子を降らす。
そして、俺の中に感じるもうひとりのたしかな存在――“ニオ”。
『原理充填率100%、≪創世の灰≫アクティベーションレディ』
幻想的な光景に、機械的なシステムアナウンスは台無しだ。
だけど、唐突に理解した。
俺の中の“ニオ”が「やれ」と言っている。
「『窮鼠猫を噛む』と言ったな……。やってみろよ、クソネズミ……」
「ピィッ、ピイイィィィィィィィィィィッ!」
「だが、勘違いはするな。余は猫でなく、竜だ」
「ピイイィィイイイイィィィィィィィィィィッ!」
触手は締まり、よりいっそうにじみ出る酸は肌に刺激を与えてくる。
だけどニオの言うとおり、俺は人でなく、猫でなく、神に等しき一柱の“竜”。
なれば、クソネズミごときが、余を噛み殺せる道理はない。
「余は竜がごとく、燼滅無双の理をもちて衆生に光をもたらさん!」
≪星宿の炉皇≫に溜まりに溜まった原理が黄金色の光を放つ。
辺りはまばゆい閃光の中に消え、すべてのモンスターは逆に光を失った。
「喰らえよ! “竜牙鼠を噛む”!!」
金光は集い、その形を“竜の牙”となし有象無象を丸飲みにする。
あとに残るのは、高温に晒された通路の石材と、いっさいを残さずに蒸発してしまった生命の染み跡、そして無数のドロップアイテムのみ。
「は……あっ……」
俺は触手から解放され、落とされた床に尻もちをついた。
ひどい脱力は、いまの瞬間にありったけの原理を消耗したからだろう。
スキル≪創世の灰≫――間違いなくクリエイション系のスキル。
それも拡げた解釈をするなら、これは“スキルを創り出すスキル”だ。
いまは『窮鼠猫を噛む』から連想して想像力を働かせたけど、上手く創造できなければ、たぶんまともな形にすらならないだろう。
とはいえ、クリエイターの役割とは想像し創造すること。
自分自身の得意分野において、このスキルを活用することができれば、何者にも引けを取らない大きな力になるのは間違いない。
「おじさま……」
あまりの脱力に寝転がったままの俺を、アエカが上から覗き込んだ。
その表情はいまにも泣き出しそうで、無理を言って強行したのは俺なのに、いまにも謝罪をしそうにその長い睫毛が影を落としてしまっている。
「何も言うな。アエカが信じてくれるから、なんとかした。その姿が無様だろうと、惨めだろうと、やはりオレは、君が傷つくことのほうが見ていられない」
「その気持ちは……私だって同じなんですよ……?」
「それでも、男の意地ってやつを張らせてくれ」
「いまは女の子ですが……」
「そっ、それでもだ……」
俺はアエカに向け、精一杯の想いを込めてニッカリと笑った。
ゲームだと思っていたこの世界が、別の何かだという可能性に気づいたものの、彼女が口を閉ざせば可能性は可能性のまま閉ざされるだろう。
いまは知らぬ存ぜぬを通し、まずはこの違和感の正体を見極める。
アエカが何を隠しているのか、何を話さないでいるのか、だいたいは俺の身を慮ってなのはわかるけど、ゆえに口が堅いのも知っているから。
なんにしても、いまは早いところ地上へ戻らないとな……。
「アエカ、傷は?」
俺は体を起こし、彼女の背後に回って確認する。
「外傷は大したことないと思いますが、肋骨を折られましたね……」
「口からの血は……」
今度はアエカの顎を手で押さえ、開けた口を覗き込む。
「あ、あ、あの、おじさまっ、私も、さすがに口内をまじまじと観察されるのは恥ずかしいのですが……」
「あっ、ごめん!」
「心配をしてもらえるのは、嬉しい……です……」
目を逸らし頬を赤く染めてうつむく姿は、なんともそそられる……。
「内臓が傷ついたのかと思って……」
「突き飛ばされた時に内頬を切っただけですから、大丈夫ですよ」
「それならよかった……。いや、早く帰って治療しないと」
このゲームは、あくまでゲームとするならだけど、肉体的な傷は製薬したポーションを飲むか、セーフティエリアで眠るしか治しようがない。
それも、NPCに関してはプレイヤーのように一昼夜で回復することはないため、すでに大怪我をしているイースラも心配だ。
現段階だと町に医者もいないから、どうにかポーションを……。
「そうだ! ドロップの中に有用なアイテムは!?」
俺は先ほどの大量のドロップアイテムに視線を送る。
ジャイアントラットだけでも数十体はいたので、その中に治療に使えるアイテムがあれば、アエカもイースラも帰路はだいぶ楽になるはずなんだ。
――大ネズミの皮×16 を手に入れた。
――大ネズミの牙×8 を手に入れた。
――白濁しべとつく何か を手に入れた。
――罪なき囚人の首枷 を手に入れた
――シードクリスタル(未鑑定) を手に入れた。
「変なのある……。いや、そんなことよりもこれ……」
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≪罪なき囚人の首枷≫
拷問を受け、冤罪に苦しんだ囚人の首枷。
装備した者の体力に+3を付与する。
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傷を治すわけではないけど、体力が増えれば代謝も活性化する。
地上に戻るまででいい、もう少し耐えてくれ、イースラ……!




