第二十一話 澱みの底に潜む者(4)
牢を出て十字路まで戻る。
相変わらず遠巻きにするモンスターはそのままどこかへ行ってしまい、斥候として俺たちの動きをボスに伝える役目なのかもしれない。
逃がさない距離なら討伐してしまうことが最善だけど……。
「クリア。いいぞ」
俺が先行して十字路を確認し、後続のアエカたちを呼ぶ。
イースラはアエカが肩を貸し、動きとしては敵に襲撃されないかあらかじめ安全を確保しながらの、クリアリングのやり方で慎重に進んでいく。
このまま、モンスターと遭遇することなくダンジョンから脱出できればいいけど、そう簡単には許してくれないだろう……。
「ニオさま、本来なら探索者が自ら経験して情報を蓄積していってほしかったのですが、こうまで不測の事態が続くとやむをえません」
「アエカ、どうした……?」
近くまで来たアエカが真剣な表情で告げた。
「属性付与のちょっとしたテクニックなんですが……」
「――っ!」
「通常の付与だと、常時レリックが属性を帯びるようになるのが一般的な使い方です。ですが、原理充填を継続した状態で属性解放をノンアクティブにすることで、力を溜めることができます」
「ということは……」
「はい。強力な一撃をスキルなしで放つことができるようになります」
ニオのレリックには、最初から属性が付与されたシードクリスタル≪生命の杯≫が装着されてある。
すでにスライム戦で使ったけど、その使用は思考認識によるものと、詠唱などを必要としない簡単に使える類のものだ。
つまり、常時解放しなければチャージ攻撃になるということか。
「なるほど、蓋を閉めておく感覚でできるな」
「さすがはニオさま、筋がいいですね。ニオさまほどの原理値があるからこそできる裏技なので、どうかご他言は無用に願います」
「わかった。いざというときの切り札として、胸にしまおう」
「あの、あたしは聞いてよかった……?」
俺たちの会話に、イースラが首を傾げながら尋ねてきた。
「問題ない。これは、レリックを持つ探索者でなければできないことだ」
「そう……。それがあれば、あたしも……」
「変なことは考えるなよ?」
「ん。ラットキングなんかに負けなかったのにと思っただけ」
「あったからと確実なものはない。何事も過信は禁物だ」
「う……。狩人としての実力に過信があった……反省する……」
「ああ、だが反省はあとだ、イースラ」
「わかった」
俺たちは話しながら来た通路を引き返していく。
イースラは文句を言わずにアエカに支えられているけど、やはり一歩を進むごとに痛みがあるようで、汗が滝のように頬を流れ落ちている。
彼女が耐えられなくなる前に、最低でも監獄区画から出ないと。
「ニオさま、続きをいいですか?」
「あ、ごめん。話を遮った」
「構わない、そのほうが気がまぎれるだろう。それで?」
「原理の充填可能時間はいいところ一分が限界なので、いまから行使しては暴発してしまいます。お気をつけください」
「えっ、おわっ!?」
それを聞いて急に力を抜いたせいか、肩に担いでいた特大剣から金色の炎が噴き上がった。それも顔の真横で。
熱い、けど火傷はない、不思議な黄金色が暗さに沈んだ周囲を照らす。
「ビッ……クリした……」
イースラはもちろん、なぜかアエカも驚いた表情をしている。
「まさか……ここまでの事象干渉力……。やはり、おじさまなら……」
「アエカ……? どうした……?」
「あ、いえっ、なんでもありません。お怪我はありませんか?」
「大丈夫、少し熱かったくらいだ」
「それならいいのですが……そうも言っていられないようですね……」
「え?」
アエカが視線を送った先、いま通ってきたばかりの通路へ振り返ると、ズシャリと重そうな足音を立て、巨大なネズミが姿を現したところだった。
「おとなしくは帰してくれそうにないか……」
“骸渡りのトリストロイ”――古ユグドウェル地下水道の第一層ボス。
その姿は、ジャイアントラットと比べてあまりにもおぞましい。
四つん這いになった状態での背がすでにニオの身長よりも高く、ほかと比べて明らかに違うのは、そのありさまが“ゾンビ”染みた姿をしていること。
それも当然、種別が“獣”ではなく“アンデット”だから。
そして、真にその名を冠するのは外面のネズミなんかでなく、おぞましくもその体の内に巣食う巨大寄生生物……。
あのでかぶつの正体、それは――“ジャイアントスライム”。
アエカがスライムの対処法うんぬんと言っていたのはこいつのせいだ。
「速度を上げられるか?」
「これ以上は、無理……。あたしを置いて……」
「それは余が許さない。皆で、生きてここから脱出する」
「う……」
とはいえ、イースラは一歩を進むごとに苦悶の表情を浮かべている。
ここまで我慢できたとしても、追いかけられる状態になれば、その負担は何倍にも膨れ上がっていずれは耐えられなくなるだろう。
「アエカ」
「はい。イースラさん、私が抱え上げますから、体を密着させて骨折箇所を動かさないようにしてください。振動をできるだけ抑えて走ります」
簡単に言うけど、それができたら人間業ではない。
イースラの返事を待つ前に、アエカは彼女をお姫さま抱っこの状態で抱え上げ、ほとんど上下動がないまるで滑るかのような移動をはじめた。
たぶんシステムアシストが働いているんだろうけど、シュールな光景だ。
「う、くっ……」
それでも、イースラには耐えがたい痛みがあるようで、強く噛みしめた口元からはついに呻き以外の返事がされることはなくなった。
背後からは、悠然と歩み寄ってくる“骸渡りのトリストロイ”。
俺は相手を真正面から見据え、決して引かぬ気構えをもって対峙する。
「さて……地下水道の主“骸渡りのトリストロイ”よ、我が国の臣民がそなたの領域に邪魔をした。ここで見逃すのならよし、追撃をしようとするのなら、我が≪星宿の炉皇≫を濡らす血灰となるまで」
「ピィッ、イィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」
「そうか、余の名は“ニオ ニム キルルシュテン”。余はそなたを見逃さぬ、これより少しばかりの“生”か、これをもって朽ちる“死”を選べ」
ニオが威風堂々と口上を述べる。
その様は、不利な状況においてもなお他者を圧倒していた。




