エピローグ
最後は再びリリアーヌ視点です。
翌朝もレナルド様がバルニエ家の馬車で私を屋敷まで迎えに来てくださった。
王宮に向かいながら「卒業後は毎朝、学園まで送る」と言っていたのが、帰る時になって「明日から」に変更されたのだ。
レナルド様はわざわざ馬車から降りてきて、私に手を差し出した。
馬車の乗り降りの際にレナルド様が手を貸してくれたのは、昨日の帰途が初めてだった。
正確には、昨日は王宮の回廊から屋敷までずっとレナルド様に手を繋がれていたのだけど。
以前はレナルド様は私に触れようとしなかったので、私はドキドキしてしまうのだが、どうやらレナルド様も同じらしいと気づいて無性に嬉しくなった。
レナルド様と婚約してからおよそ1年。
私は別の意味で勘違い令嬢だったわけだが、それでも私たちの距離は少しずつ縮んできたと思う。
だけどやっぱり、昨日お互いの気持ちを伝え合ったことでレナルド様と私の関係は今後さらに変わっていくのだろう。
レナルド様が3年も前に私を見初めてくれて、私たちの婚約も彼が望んでくれたからだったなんて、幸せすぎて夢を見ているみたいだ。
この1年、レナルド様が私に向けてくれていた言葉も眼差しも笑顔も優しさも、すべて本物だった。
勝手にレナルド様と美しい人妻の関係を妄想してあれらを疑っていたなんて、本当にもったいないことをしてしまった。
でも、私はこれからたくさんの時間をレナルド様と一緒に過ごせるのだから、きっと取り戻せるはずだ。
馬車に乗り込んだ私に、メイドが外から荷物を渡してくれた。
レナルド様は私が受け取ったバスケットをジッと見つめた。今までより一回り大きいものだ。
「今日はふたり分作りました」
実はこれまでと違うのは量だけではないのだが、それは昼休みに話すつもりだ。
「それなら、食堂のランチは必要ないな」
レナルド様の口元は緩んでいた。
本当にあんなサンドイッチを喜んでくれていたのだとわかり、罪悪感を覚えた。
そうして昼休み、私は食堂のいつもの席で待っていたレナルド様の前に、少し緊張しながらランチボックスを置いた。
その中身を見て、レナルド様は目を瞠った。
周囲にいる方たちも気づいたのか、久しぶりに騒ついた。
「申し訳ありません。実は、今までのサンドイッチは嫌がらせという名目だったのでわざとあんな風に作っていて、本当はこういうものも作れる、というか、むしろこちらのほうが得意なんです」
レナルド様の視線の先にあるサンドイッチは、我ながら綺麗で美味しそうにできていた。
さらに付け合わせとしてチキンやサラダ、フルーツなども添えてある。
私の自信作ではあるが、今までとのあまりの違いにレナルド様がどう思うか不安だった。
しかし、レナルド様が怒り出すことはもちろんなかった。
「そうだったのか」
レナルド様はいつもと同じようにサンドイッチを口に運んだ。
「味は同じだな。美味い」
レナルド様の顔に浮かんだ微笑に安堵して、私もサンドイッチを手に取った。うん、美味しい。
ランチボックスが空になると、私はバスケットの中から別の箱を取り出した。
「こちらも良かったら食べてください」
それは昨日の帰宅後に焼いたクッキーだった。手作りのお菓子を持ってきたのは初めてだ。
「リリアーヌが作ったのか?」
「はい。お菓子作りはまだ不慣れなのですが」
レナルド様はクッキーを1枚摘んで口に入れた。
「これも美味いな」
「どれどれ」
ふいにそんな声とともに伸びてきた手がクッキーを1枚取った。
見れば、いつの間にか王太子殿下がいらっしゃった。
「殿下、何を勝手に食べているのですか」
「1枚くらい構わんだろ。ふむ、確かに美味いな。店に並べても売れそうだ」
王太子殿下からの思わぬお褒めの言葉にお礼を申し上げようと口を開きかけたが、レナルド様のほうが早かった。
「売るなど、とんでもない。リリアーヌの作ったものを食べていいのは私だけです」
レナルド様の眉は思いきり寄っていた。
私がレナルド様との婚約が解消されたら料理人になるつもりだったことは黙っていたほうがよさそうだ。
私の作った料理やお菓子を家族や我が家の使用人たちは何度も食べていることは正直に話すべきだろうか。
「まったく、おまえは……」
王太子殿下は呆れたように仰ると、私のほうを向かれた。
「フィヨン嬢、レナルドのことを頼むよ。だが、どうしても我慢できなくなったら言ってくれ。私はこいつがあなたと婚約できるよう協力してしまったからな。多少の責任は感じている」
私は目を瞬いた。
レナルド様に我慢できなくなる自分が想像できない。ちょっと腹を立てたりしたことはあったけど、結局は私の勘違いが原因だったのだ。
王太子殿下はレナルド様のどんなところを想定して仰っているのかしら。
優しすぎるところ? やっぱり自分の魅力をわかっていなそうなところ?
「殿下のお力添えに関しましては感謝するばかりですし、殿下が危惧なさるようなことは起こらないだろうと私は思っております」
王太子殿下のお顔に笑みが浮かんだ。
「フィヨン嬢なら大丈夫か。レナルド、邪魔したな」
王太子殿下は私たちに背を向けて食堂を出て行かれた。
「本当に殿下は私たちのことを心配してくださっていたのですね。レナルド様がお仕えするのがあのような方でよかったです」
「……そうだな」
レナルド様は私の言葉を肯定しながらも眉が寄ったままだった。
お読みいただきありがとうございました。




