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『ファンタズムショップ』4回目の営業日。
営業前に店内をサッと確認し、芽衣がドアを解除するとすぐに客が訪れた。
「いらっしゃいませ」
店内に続々と客がやって来る。その殆どがインスタントスープとタオルが目当てらしく、他の商品より売れるスピードが速い。
もう4回目の営業なので、そろそろ落ち着いてくるかな?と思っていたのに、客はどんどん増えて行く。そのため冒険者がやって来ても会話する時間がない。
(携帯食の探りを入れる機会がない~)
並べた商品はどんどん減っていくが、会計待ちの列はどんどん増えていく。
途切れることなく接客をし、やっと一息吐いたのは商品が完売した時だった。
(やっぱり営業中に話を聞くのはダメか…。冒険者ギルドに行ってみようかな)
掃除を終えて店を閉めようとした時、ドアのベルが鳴り、誰かが入ってきた。入ってきた男性は薄汚れた鎧を着ており、どうやら冒険者のようだった。
「ここにインスタントスープなる物があると聞いてきたんですけど」
「すみません。今日は完売しまして…」
「そんな…」
完売と聞いて冒険者らしい男性はがっくりとうな垂れる。
「お湯があれば美味しいスープが飲めると聞いて、これなら移動先でも食事出来ると思ったのに…」
「申し訳ありません」
芽衣は謝る。
異世界商店を起動してすぐ買うことは出来るが、それをやってしまうと完売後も頼めば商品を出してくれると伝わってしまうのは困る。
「…では、また次回来ます」
冒険者は相当気を落としているらしくトボトボと歩き、ドアを開けようとした。
「あの…少しお話いいですか?」
思い切って芽衣は声をかける。
「何でしょう?」
「携帯食についてお話を聞きたいのですが」
「ああ…」
携帯食の味を思い出したのか、冒険者は若干遠い目をしていたが、了承してくれた。
相手を立たせたまま話すのも失礼なので、応接室へ案内する。紅茶にするか、前回作った再利用スープにするか悩み、もし移動先で調理をしているのなら、こういった再利用方法をしているのかを知るため、思い切ってスープを出すことにした。
「昨夜の残り物で申し訳ないのですが、良かったらどうぞ」
そう告げてスープを出す。本当は昨夜作った物ではないが、便利機能付きのマジックバッグに入れて保存していたので、味も風味も大丈夫。
「いただきます」
冒険者がスープを一口飲むと、目を開いて「美味しい!」と云った。
「このスープ、美味しいです」
「ありがとうございます」
芽衣もスープを用意し、再度味を確認する。
(うん。いい味)
スープを飲みながら簡単に自己紹介をする。彼はラディと名乗り、仲間たちと王都を拠点に冒険者活動をしているという。
「それで携帯食の話でしたっけ?」
互いの自己紹介を終え、ラディが問いかけてくる。
「はい。冒険者の方は携帯食を持ち歩きすることが多いのでしょう? 実際に使っている方の声を聞いてみたかったんです」
「ああ…美味しくないよね」
遠い目をしながら答えてくれた。そして相当鬱憤が溜まっているのか、段々声を荒げていく。
「干し肉は硬い。缶詰も油だらけで、ただ保存のために油の量を増やせばいいってもんじゃないんだよ。しかも肉に味ないし、野菜は油でギトギトして本来の味じゃないし! ただの油味のどこが美味しいんだ? ってか、作っている人は本当にあれが売れると思って作ってんのか? 自分たちは実際味見してないだろ!」
あまりの迫力に芽衣は若干引いてしまう。
「そ、そうなんですか」
「パンも硬いし、顎が鍛えられるぐらいで、腹はいっぱいにならない。…それが俺の携帯食への感想です」
「…」
やはり冒険者の人でも硬い、油っこい、と思っているということを知った。
「硬いって云うことは、やはりそのまま食べているってことですか?」
「そうです」
「調理で使うことは?」
「それをやるには道具も時間もかかる」
移動先で調理をするには道具も必要になる。例え市販のマジックバッグを所持していたとしても、入る容量は2kg。そこに魔物の素材やらを入れなくてはいけないので、重たい料理道具は持ち歩かないそうだ。
美味しくて温かい物を食べたい人は調理道具を持って移動しているかもしれないが、いつ魔物が現れるか分からない場所では食事の時間も短い方がいいので、使う機会も限られているという。
(ということは、こういう風に再利用はしてないみたい)
もし調理する機会があれば、このスープのことを話してみるつもりだったが、外ではとにかく時間が大事らしい。
「やはり手軽に食べられる物がいいということですね」
ふむふむと芽衣は頷く。
「はい。街や村が近くにあれば食堂で食べることが出来るんですけど、近くに何もない街道やダンジョン内はどうしても携帯食に頼らなくてはいけなくて…」
その携帯食に頼るのは苦痛らしい。
「その点、こちらで売られているインスタントスープは生活魔法の火と水があれば簡単に作れるので便利ですね」
調理道具がなくても、生活魔法さえ使えればインスタントスープは作れる。そういった手軽な物が今後も売れて行くのだろう。
「情報ありがとうございました。今後の仕入れの参考にさせていただきます」
「本当に!? 是非お願いします!」
芽衣の言葉にラディは瞳を輝かせる。
「はい。仕入れ等にも少し時間はかかると思いますが…」
「あれより美味しい物ならいつでも待てます!」
冒険者たちが携帯食に相当苦労しているということを知った。