決死
別働隊が分かれ、劉備、関羽、張飛らの軍が撤退していく。
彼らの背が見えなくなった頃、谷の向こうから敵軍の鬨の声が轟いた。
「随分と早いなあ、おい。全軍、迎撃準備に入れ!」
劉徳然の時とは違い、入念に作戦を立てた上での迎撃である。騎馬の勢いを殺す逆茂木など、準備は相応にしてある。だが、圧倒的な数の差は、盧植の元で学んだ簡雍の力を持ってしても、いかんともしがたかった。
だが、こちらは気心知れた精鋭である。また、兵の多くは劉徳然の仇を討たんと燃え、死の覚悟を定めきっていた。
こうなった兵は強い。あとは、彼らを信じ、己を信じ、戦い抜くだけだ。
敵軍が谷を抜け、簡雍軍の前に展開した。
張梁は、敵軍を見ながら、あまりに少ない兵の数にまず驚いた。
「何だ、あの敵は。殿にしても少なすぎるでは無いか。」
隣にいるその兄・張宝は、陰湿な笑みを浮かべながら張梁の独り言に答える。
「あれだけの敗北だ。敵兵もあの程度しか残らなかったのだろう。」
張梁は、訝しげな表情のまま、言葉を返した。
「その割に、随分と士気が高い。希望を捨てておらぬように、俺には見えるのだが。」
「なのだとすれば、敵が相当の愚か者と言うだけだ。さっさと踏みつぶし、そのまま洛陽に向かおう。」
「・・・うむ。全軍!突撃!!」
張梁の号令に、今か今かと待っていた黄巾軍が突撃を開始する。数万の黄巾兵の、地を揺らがすかのような雄叫びが周囲に轟いた。
「さて、雑魚どもが来やがるぞ!存分に蹴散らし、徳然への手向けにしてやろう!」
「おう!」
簡雍軍も、負けじと鬨の声を上げる。彼らの声は黄巾軍に打ち消されたが、一人一人の気迫では遥かに上回っていた。
最初は騎馬隊。この時代の騎馬は基本的に移動用で、こちらと戦う時は馬から降りなければならない。
馬に乗ったまま戦える化け物もいるが、それは関羽ら一部の人間(とそれに鍛えられた兵)と、馬に乗ることが生活の一部となっている涼州兵ぐらいのものである。
故に、逆茂木に馬の勢いが殺されれば、彼らになすすべはない。
「今だ!」
恐怖を殺し、逆茂木の裏に隠れていた兵たちが戟を繰り出し、馬の足を斬る。
そうして倒れた兵を、すかさずほかの兵が討ち取る。
が、士気の高さは行動の速さに直結する。故に、彼らの体制が整うのも速い。黄巾軍の統制の弱さが、士気の高さによって、「指揮官を必要とせず、各々で体制を整えてしまう」形で作用していた。
だが、それを見逃して反撃を許し、兵を見殺しにする程簡雍は愚かではない。
「よし!槍兵下がれ!弓隊、斉射の用意!」
ある程度槍兵が逆茂木から距離を取ったところに、弓兵が斉射を浴びせる。馬、兵共に傷つき、前線は大混乱となった。
「よし!騎馬隊、突撃!」
関羽、張飛らの隊にいた騎馬隊が、斉射が止まると同時に突撃する。
こちらは馬に乗ったまま戦える「騎兵」である。馬から降り、しかも混乱している兵たちなど相手にならない。
「くそっ!一旦下がるぞ!」
黄巾兵の誰かが声をあげると、それに従って彼らは一目散に敵陣へと帰っていった。
「・・・ふう、まずは追い返せたか。」
極度の緊張が一瞬緩んだことで、簡雍は足の力が抜け、地面に座り込む。
が、ここからが勝負であった。
「・・・追い返しおったぞ。官軍も無駄なあがきを。」
張宝が、苛立たしげに戦場を見ている。
「あれ程の男がいた軍の将だ。生半可なことでは行くまいよ。」
張梁は兄とは対照的に、安堵したような、喜んでいるような笑みを浮かべていた。
「うーむ。厄介なのは兵の質と言うより、あの将と備えだな。」
「・・・どうする気だ?」
「妖術を使う。風で奴らの備えを吹き飛ばしてくれるわ。張梁、止めるでないぞ。」
「・・・好きにしろ」
先程まで笑みを浮かべていた張梁は、一気に不快そうな表情となり、陣中深くに下がっていく。張宝は、前線へと出ていった。




