表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

麻痺


「陛下にはしてやられたよ」


ローウェンが、庭師のアランにぼそりとこぼした。アランは持っていた箒を下ろすと、それを杖のように立てて、両手を上に乗せた。


城の裏手にある蓮の畑の前で、二人は話し込んでいる。


「よほど、ムイを取られたくないようですね」


「ああ、国中で人気の歌姫だ。歌が歌えないとはいえ、手離したくないのだろう」


「そりゃあ、ムイって女を知ってしまったら、もう……」


「お前もその一人だったな」


ローウェンが苦笑しながら、手元の書類をパンっと叩いた。アランも苦く笑う。


「結婚に関してはこうも準備は整えてあると言うのに。うまくいかないものだな」


「その使いの女は、リューン様に取り入ろうと?」


「もちろんだよ。色気をプンプンと振りまいている。女がリューン様に取り入って二人がくっつけば、ムイが邪魔者扱いされるだろう。そして、ムイが追い出されたところを陛下が引き取る、という寸法さ」


「そんなにうまくいかないよ」


「まあ、リューン様がムイを手離すはずがないからな。多分、見向きもしないだろう」


「だろうね」


二人は一通り話をすると、各々の仕事場へと戻っていった。


しかし。


二人はそう楽観していたが、実際はその通りにはいかなかった。


✳︎✳︎✳︎


(……ムイは出かけていったようだな)


押し花を持っていく時に必ず用意する大きなカバンを抱え、ムイの背中を見送った。バラ園を横切っていく後ろ姿。


ムイとまだ心を交えていない時、バラ園を突っ切った場所にある白いガゼボがお気に入りで、ムイはよくそこへと向かっていた。


部屋の窓からその後ろ姿を、リューンはよく追っていたものだった。


足取りも軽く、ふわふわと駆けていく。ムイを愛しているのだと自覚した日から、リューンはその姿をいつも探していた。


ムイが自分を思って、自らリンデンバウムの城を後にした時。


リューンは狂ったような、いや、心臓を半分もぎ取られでもしたような痛みに、耐えた。


大ぶりのカバンには、たくさんの押し花。花に囲まれながら笑うムイの笑顔は、リューンにとって太陽のように眩しいものでもあり、月のように美しいものでもあるのに。


(……男に、)


その後ろ姿を見ながら、リューンは唇を噛む。


(他の男に取られるのを、このまま指を咥えて見ているしかないのか)


木こりの男は、屈強な身体を持っていた。ムイを愛して、守ることもできるだろう。


そして、あの目。ムイを見つめる熱い眼差し。


(ムイを愛しているのだ。あれはそういう目だ)


「花を、」


「何ですって?」


呟いて、顔を上げた。


隣に立っていたユウリが、問うた顔を寄越す。


「……いや、何でもない」


「リューン様、どうぞ、このユウリに何でも仰ってください」


ユウリが腕を伸ばしてきて、リューンの肩口にそっと手を添える。


「リューン様のお心をお話しください。わたくし、リューン様の為でしたら、何でもいたします」


今度はそっと頭を寄せる。


バラ園の中。むせるようなバラの香りがリューンの頭を麻痺させる。


「ユウリ、そう言って貰えて嬉しいよ。ありがとう」


リューンは、そのまま空を仰いだ。


(花を、贈ればいいのか。そうしたら、ムイの心は俺の元に戻るのか。ムイを他の男に取られでもしたら、今度こそ、俺は……)


空は青く、そしてどこまでも、空の彼方までも、雲を流していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ