さざ波
リューンとムイの二人が一言も話さずに過ごす日が十日を超えた頃、城にひとりの来客があった。
「国王陛下からの書状をお持ちいたしました」
慇懃に手紙を差し出す女性は、旅支度を解くと、流れるようなドレープのドレスを身に纏い夕食会に現れた。
金色の長い髪は真っ直ぐな絹糸をまとめたように艶があり、その長い睫毛はクルンと巻き上がり、その大きな瞳を隠しはしない。
(あ、リューン様と同じ、太陽の色の髪)
ムイは女性をじっと見つめた。国王陛下の使いは、ユウリと名乗った。
「ご結婚の許可状でございます。この度は、リューン様とムイ様のご結婚、大変おめでとうございます。長い時間待たせてしまい申し訳ないと、陛下が仰せでした」
そのかかった時間を考えれば、この結婚に陛下があまり乗り気ではないとわかる。ムイは苦笑しながら、目の前に並ぶ料理を見た。
陛下の使いのものを疎かにはできない、そう考えたのだろうソルベやマリアが精魂込めて作った料理が次々に運ばれてくる。
「遠いところをご苦労だった。どうぞゆっくり羽を伸ばして休まれよ」
リューンが席に着くなり、そう言った。
ムイは、ちらとリューンを見た。
怒ってはいないようだが、まだムイを見ない。このように長い時間、視線が合わないことは今までになく、ムイの胸はそれだけでざわりと騒いだ。
「リューン様、このようにおもてなしをしていただけて、光栄至極にございます」
ユウリが優雅に挨拶をする。その立ち居振る舞いは、ただの使いではなく、どこかの皇女のように洗練されている。
(……綺麗な、人)
同じ女であるムイでさえ、目を離せなくなるほどの美貌の持ち主だ。ドレスが浮き上がらせる身体のラインは、女性的で丸みを帯び、ドキッとするほどの胸の谷間が艶かしい。
「リューン様、このリンデンバウム城は、世界一の素晴らしいバラ園をお持ちだと耳にしております。食事の後、散策させていただいても?」
リューンは笑顔で、どうぞ、と言った。
どっ、とムイの心臓が鳴った。
「ローウェンに……いや、私が案内しよう」
その心臓はさらに痛みを与えられて、ムイは息苦しさを感じた。フォークで口に入れた魚の欠片が、喉元を通らない。もぐもぐと咀嚼を繰り返し、水で流し込むようにしてようやく飲み込んだ。
(リューン様みずからご案内を、)
頭の中が混乱して、ムイはフォークを皿の上へと置いた。
「ムイ様もご一緒にいかがですか?」
その声に、顔を上げる。
「わ、私は、その……」
「このように素晴らしいリューン様とのご結婚、羨ましい限りでございます」
「あ、ありが……」
礼を言おうとして、言葉が出てこなかった。
リューンと結婚するという確たるものが、今はぐらついてしまっている。
リューンを見る。リューンは、冷めた目でムイを見ていた。
その目に、足がすくむ思いがした。
「あ、あの、リューンさ、ま、」
リューンの冷たい声が、ムイの言葉を制した。
「ムイ、お前は来なくていい」
ユウリが少しだけ慌てたように言う。
「ですが、リューン様。未来の奥方様にも、」
「ムイ、お前は部屋へ戻っていろ」
「りゅ、リューン様、」
悲しみがマニ湖のさざ波のように、じわじわと押し寄せてくる。
涙を我慢して食事を済ませると、ムイは席を立ち部屋へと戻り、窓から見えるバラ園を隠すように、カーテンを引いた。




