忍び寄る敵
「おはようリリー。クラウド殿は?」
村を歩くリリーを見てヘンリーが尋ねた。
「ん、南のシレストの丘へ行くって言ってた。」
ユーテリア王国の最南端であるトント村。その南方には小国と呼ばれる国々がある。しかしトント村とそれら小国との間には通行出来る道は無く、荒野や草原が広がり魔物の領域となった危険地帯が広がるのみである。最も森のように魔物や獣の集まる場所では無く、広範囲に魔物が点在する場所であるが。
クラウドは現在周囲の魔物との調整役をこなしており、村に隣接する森だけでは無く周囲の見回りにも良く出かける。
初めて村へとやって来たヘンリーは昨日バダックからクラウドの仕事量を聞き驚いた。
「全く、本来ならどれ程の人数がかかることやら。」
ヘンリーからすれば仕事量もそうだがその見返りもまた驚きである。
クラウドは村の警備、薬師としての仕事、畑の管理、水源の管理等を行っているがそれを知るのは村では村長のロデリックのみ。クラウドはそれらの仕事を全て無償で行っている。
「(本当に変わった方だ。欲が無いのか?掴めない・・・)」
兄エドワードが健在である以上王位を継承する予定が無いヘンリー。最もそれは彼からしても異論の無い話し。彼は次期国王たらんと日々精進する兄を支えることこそ自分の存在意義と考えている。
最も自分には文官としての才能が無いと考えているため主に武力としてであるが。そのため彼は自分の親衛隊に腕の立つ騎士を多く抱えており、日ごろからも戦力強化に余念が無い。
今回の疎開に関しても本当に逃げ出したのでは無く、王族としてクラウドと誼を結ぶため、そしてゆくゆくは自身の戦力として取り込みたいという下心もあってリリーに同行している。
そんな兄とは違い単純に遊びに来た程度の認識であるリリーはクラウドやルークの仕事が終わらない午前中は暇を持て余しているようだ。
「そうか。忙しそうだな。ならば私はどうするか・・・。うむ、良い機会だ。バダックと手合わせでもするとしよう。幸い此処には煩い奴らも居ないしな。」
普段の剣術に関しては自分が見つけた指南役に学んでいるヘンリー。たまには違う相手との手合わせも楽しそうだと考えた。しかもこの地には家格だ派閥だと煩い取り巻きも居ない。
「ん、じゃあ私も見て良い?」
「ああ構わないぞ。というかリリーからも頼んでくれ。私から言っても相手をしてくれないやもしれん。」
以前なら会話も無かった妹との語らいに心地よさを感じながら2人は村長の家に滞在しているバダックへ会いに行く。すると、
ギィン!
「むっ!?リリーッ、私の後ろへ!」
「えっ!?」
突如聞こえた剣戟の音に周囲を警戒したヘンリー。しかし音のする方へ進んだ2人が見たものは、
「はぁっ、はぁっ。ど、どうなっているのっ!?手も足も出ないなんて!」
「まだ続けられますかな殿下?」
「あ、当たり前ですわ!はああぁぁぁっ!」
走り出したソフィアが剣を構えるバダックとの距離を詰める。しかし、繰り出す剣閃は全てバダックの剣により受け止められていた。以前より剣の腕ではあと一歩バダックに及ばないとは思っていたソフィアであるが、こうまで手が出ないとは思っていなかったようだ。
目の前の光景に先を越されていたかと苦笑いしているヘンリーが声を掛けた。
「なんだ姉さんもか!丁度良い、すまんが私も入らせてもうらおう。」
その後始まった王太子2人を相手にした剣の勝負はバダックの全戦全勝となり、それを傍らで見ていたリリーは非常に嬉しそうであったという。
~昼になり~
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
「じょっ、冗談じゃ・・・ない・・わっ・・・」
服が汚れることなど気にも留めず大地に寝転がっているのは2人の王族。ヘンリーとソフィアは常日頃から鍛錬を欠かさない。バダックに敵わないとは知りつつも、こうまで手も足も出ないとは考えてもいなかったようである。
実際に剣を交えて感じた彼我の実力差に驚きを隠せない。
「いえいえ、殿下の太刀筋も素晴らしいものでしたよ。」
まるで社交辞令のお手本のような言葉を掛けながら息すら乱れていない。ライトニングソードを持ちながら、それに慢心すること無く鍛錬を続けているバダック。毎日の日課となった魔法生命体である騎士との手合わせでは既にライトニングソードを使わないにもかかわらず3本に2本は勝ちを治める程になっている。
「くそっ、知らない内にここまで差を付けられていたとは。」
「ええ。本当にリリーについてきて良かったわ。この機会に鈍った腕を鍛えあげなくちゃ!」
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修練に励む王族の一行を離れた所から見ている者達がいた。
「本当に居やがる。」
「しかし困ったな。これじゃあ命令が食い違うぞ?」
彼らは聖十字国軍の斥候であった。
旧レムリア皇国の領土を横断しユーテリア王国の東部から攻め込む手筈になっている聖十字国軍。王族を一網打尽とするべく所在の確認を命じられた斥候隊は東から進軍するなら避難するのは西側だと推測していたのだが・・・
通常なら王城以外で身を守ることを考えるなら信用出来る味方、つまり身内に匿ってもらうことが望ましい。しかし斥候の調べによると国王アンドリューを始め3人の王妃もまた生家は王都、東部、北部であり西部には血族が居ない。そのため聖十字国は王族の動きを絞れりきれずユーテリア王国中に情報収集のための人員を送り込んだ。来るべき時に素早く王族の情報を収集出来るようにと。
その後1年をかけて国内の情報はかなり集めたのであるが、その中に一際変わったものがあった。
それが「最南端の領地にはユーテリア王国の隠し玉ともいえる戦力が存在する」というもの。
それは確かな情報であり王国の中でも国王や宰相を始め魔術師団、騎士団さえもが一目置いているのは間違いないようであった。にもかかわらず、件の戦力(達?)は国に積極的に関わらないという。それを知ったフェロー枢機卿はわざわざこちらから手を出す必要は無いと判断、それと思われる場所や人との接触を禁じていたのであった。
「確か王族は捕らえるか、それが出来なければ暗殺する予定だったな?」
「ああ、そうだ。本隊と合流してどちらかを決める手筈だった。しかし何の血縁関係も無いこの村に居るという事はフェロー様が言っていた特異戦力を頼って来たと見て間違い無いだろう。手を出すなと言われたところに居るとはな。しかも3人だ。一度戻って指示を仰ごう。」
彼らがトント村を見ているのは村から少し離れた場所である。
それは村より南にある魔物の領域の中にある。その為に通行人が通る心配も無い。少し距離があるが遠目にだがトント村全体を見おろすことが出来る。
そして彼らが持つのは聖十字国から貸し出された魔導具ロングスコープ。これは設置したスコープに映っている場所を任意で指定し、手元の水晶で出来たボードのようなものに映し出すことが出来る。そのため距離があろうが村を一望出来るこの小高い丘は非常に便利であった。
「ああ。本隊にまで戻れば国と通信出来る魔導具があった筈だ。」
「良し、急ぐぞ!」
丘を駆け下り乗って来た馬にまたがった男達が斥候本隊へと走って行くのであった。




