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約束

 ユーテリアで会議が続く頃、ドラン連邦国でも激しい討議が繰り広げられていた。


 レムス国王を中心とするドラン連邦国の首脳陣と勇者達の間での議題、それは捕虜として捕らえられたナオキ達の救出についてである。



「いい加減にしろ!話しにもならねえ!」


「いい加減にするのはお前達だ。これは国同士の問題。まずは我々がユーテリアと交渉する!」



 穏健派のユウスケと外交院のサンチェス議長とのやり取りは平行線が続いている。ユウスケからすれば自分達はドラン連邦国に召喚されたとは言え、故郷でもなければ恩義も無いと考えており最優先とするのは自分達の安全である。

 仲間を見捨てるという事は、もし自分が同じ境遇となれば自分も見捨てられることを意味する。捕虜として捕らえられたナオキ達を取り戻す事は穏健派全員の総意となっていた。



「けどよぉ、敵なんかに捕まるあいつらも馬鹿だろ?もうちょい考えてみ?」



 発言したのは参戦派のオサム。参戦派は現在進んでドラン連邦国の為に戦線に出ていることで国との繋がりが太くなってきたようである。最も、それに応じた待遇を受けていることもあり参戦派の勇者達はほぼ国に取り込まれたと言える。

 ただ、最大派閥の参戦派と言えども同郷である穏健派の者達の意見を一方的に切り捨てるとはいかないようであった。


 捕まったナオキ達にも責任はあると言い、より有利な条件をユーテリアから引き出すべきだと主張している。そのためすぐに仲間を取り戻すべきだと考えている穏健派と意見が割れているのであった。


 頭を悩ましている事は他にもある。レムリア皇国領土から湧き出している魔物である。ここ数日だけでもかなりの数がドラン連邦国へと流れてきている。会議に出ているのは穏健派2名、参戦派2名のみ。残りの24人は各地で魔物の討伐に当たっている。



「なぁ、まだ話しは終わらないんだろ?なら決まるまでの間だけでもあの女回してくれないか?」



 参戦派のヨシアキが言っているのはユーテリア国内で攫ってきた王女オリヴィアである。攫われた後ですら気品に満ちた凛とした佇まいは勇者達の中でも話題となっていた。特に参戦派は今まで自分達の思うままに女性を囲っていることでオリヴィアも何とか自分のものにしようと考える者達が出始めているようだ。



「駄目に決まっているだろう!そんなことをすればもう交渉など出来るはずも無い!」


「だから~、その時は俺らがまたレムリアの時のようにユーテリアを黙らせてやるって。」



 こちらの話しも落としどころが見えてこない中、ついに事態は動き出す・・・




□ □ □ □ □ □ □


 ユーテリア王国の首都レインフォード、その王城でクラウドはバダックの部屋を訪ねていた。



「バダックさんいるかい?」


「クラウド殿か、入ってくれ。」



 部屋の中に居たのはバダックだけでは無かった。アンドリュー国王の三女リリーと宰相エリックである。リリーは王城にバダックが居ることで入り浸っているためほとんどいつも居るようだが、エリックが居ることは珍しかった。



「エリックさんもいたのか。どうかしたのかい?」



 なおクラウドは人を役職で判断しない。彼が敬意を払うのは自分が認めた相手のみであり、そのことについてはバダックから報告が上がっていたことで一部の貴族を除いては黙認されている。



「いやなに、会議で向こうの異世界人達についての話しが出たのでね。直接聞きに来たのだよ。」



 あくまでも仕事を装ってはいるが、彼もまた進展しない会議の息抜きに出てきたと言う方が正しいであろう。「クラウド殿の方こそどうしたので?」と返事を返してきたエリックがそこで見た光景は凄まじいものであった。


 クラウドはリリーが居るのを見て「丁度良い」と言い一枚のカードを渡した。それにはリリーもバダックも見覚えがあった。



騎士ナイトのカード?どうして?」



 不思議そうに尋ねるリリー。その横で



「(騎士のカード?一体何のことだろうか・・・)」



 実は報告の中でリリーがクリーチャーカードを使ったという話しはされていない。


 騎士はあくまでもアイテムなのだ。


 その手柄をどうこう言う必要が無かったことでリリーは報告を忘れているしクラウドはそもそも必要が無いと思っている。バダックはクラウドに助けてもらったという思いが強かった為に、それ以前の戦闘では自分達は無力だったという形でしか報告をしていないのであった。

 しかし、実際は騎士が居たからこそナオキ達は必要以上に警戒したのである。だからこそ時間が稼げたのであるし、そのおかげでバダックは数分差で命を落とさずにすんだと言える。


 そのため実を言うとナオキ達との戦闘において騎士は非常に重要な助けとなったのであるが、騎士自身が手柄を必要としない為忘れられていたのであった。


 そしてクラウドはその戦いで騎士がバダックを守れなかった事を悔やんでいた。結局バダックは死ななかったしリリーも攫われずにすんだ。


 結果だけを見れば問題は無かったと言える。しかし、クラウドはそう考える訳にはいかない。



「(一番簡易的な魔法生命体マジッククリーチャーとは言え・・・。あの程度の敵に負けてしまうようなカードを王女であるリリーちゃんに渡したのは俺のミスだった。)」



 そう考えたクラウドはリリーにもう一つのカードを用意した。


 通常使用するのは騎士のカード。魔力の消費も少なく比較的魔力の補充も簡単である(クラウド視点の話しであり実際に騎士のカードを使い魔力が0になった場合は魔力補充には上級魔術師5人分程の魔力が必要となる)。


 そして新しく渡したのは・・・



「それじゃあいってみよう。名前は守護騎士ガーディアンナイトだ。」



 リリーが魔力を流すと以前と同様カードに魔法陣が現れた。



「うん。来て、守護騎士ガーディアンナイト!」



 騎士であれば白い霧のようなものが発生するが、リリーが使ったカードは一瞬強く光った。


 その後そこに立っていたのは、騎士同様3m程の巨体。騎士が2mはある大振りのツーハンデッドソードを持っていたのに対し、持っているのは1m半程の長剣。長剣としては異様な程に長いが剣の厚みや重量感から考えれば騎士が持つ剣の方が余程強そうに見える。

 纏っている鎧も騎士と非常によく似ている。真っ黒なフルプレートアーマーであるが身体の中心には5cm程の真っ赤なラインが脳から股下まで走っていた。



「名前から察するに護衛に特化した騎士ってところか?小ぶりな武器に変えて小回りがきくようにしたのだな?」



 バダックがそう言うが、それは間違いである。



「いや、護衛に特化したって訳じゃない。こいつは純粋に戦闘力を上げた上位種だ。」



 そう言うクラウドは更に守護騎士という名前にした理由として、次こそリリーちゃんを守るための魔法生命体が出来たと思うと付け足したのであった。

 クラウドがそう自信を見せる守護騎士であるが、その性能は非常識なものになっている。俊敏性は騎士の1.13倍、腕力は1.27倍とそれほど大幅な強化がされているものでは無いが、その手に持つ剣は一般的に魔剣と言われる代物である。今の時代では望むべくもない一振りであり、その素材として使用したのはクラウドが森で仕留めたアルビノ種のリンドブルムであった。


 そもそも国を滅亡させたとしてSランクに指定されているモンスターの素材など市場に出回るはずもないが、クラウド自身が持っていたことでその素材が惜しげも無く使われている。20mを超す長身のリンドブルムから取った牙を削り出した刀身はどんなものを斬ろうとその切れ味を落とすことはないだろう。柄は鱗を加工しており白濁色の刀身に真っ白の柄という変わった見た目となっている。

 それをマジックリングの仕組みで守護騎士と同期させ、カードから呼び出すと同時に装備させるという。


 その刀身の強さはクラウドも満足した程であり「これだけの耐久力があれば大丈夫」との判断から、その剣には風の上位魔法が付与されている上に、守護騎士自身までもがクラウドが選別した数種の魔法を使いこなすという代物であった。


 説明を聞きながらバダックは苦笑いを浮かべていたが、隣で聞いていたエリックは完全に固まっているようである。



「ところでクラウド殿、話しを聞く限りではリリー殿下の安全は間違いなく約束されたとは思うが何故これを作られたのだ?そもそも貴方がいれば問題ない話ではないのか?」



「ああ、それなんだが・・・」


 クラウドが話しを続けようとすると、ようやく我に返ったエリックが話しを止めて割り込んできた。



「な、何なのだこれはっ!?バダック、お前も何を普通に話しをしておる!?」



 話しの腰を折ったエリックに不機嫌な顔を向けるクラウドであるが、バダックが騎士ナイトの説明が出来ていない事を思い出したようである。



「エリック様、それは・・・」



 魔法生命体など聞いたことも無いエリックであるが、話しを信じない訳にはいかない。目の前で呼び出すのを見たこともあるし、この愚直が売りのバダックが偽りを言うとも思えない。


 しかし、その説明が常軌を逸している。


 物語の中だけの話しであった魔剣を使いこなすなど、荒唐無稽にも程がある、が・・・



「(どちらにせよ、至急王に報告せねば・・・)」



 そう考えているエリックを余所にクラウドはリリーにカードを渡した理由を話す。



「それで話しを戻すけど、リリーちゃんにカードを渡したのはバダックさんが言った通りだよ。」


「私が言った通り?」


「ああ、俺はこれから行くところがあってしばらくここを離れる。そいつはその間の護衛用にと準備したんだ。」


「ん?どこに行くのだ?」



 そう聞くバダックにクラウドは平然と答える。



「ああ、ドランに行ってくる。時間がかかりすぎでトント村が心配になってきた。早く帰りたいんだが、このままじゃ帰ろうと思っても帰れない。少し片付けだけしてくるよ。」


「帰れない?どうしてなのだ?」


「リリーちゃんの家族が攫われたと聞いたからな。」



 その言葉を聞いて声を上げたのはエリックである。彼は報告と自分が会った印象よりクラウドが王族の為になど動くまいと思っていた。しかし今、彼は攫われた王子、王女のためにドランへ行くという。



「おおっ!クラウド殿今の言葉は本当か!?本当に王子達の為に動いてくれるのか?」



 嬉しそうにそう言うエリックであったが・・・



 後にトルミアに帰ったバダックは土産話の中でその時のクラウドの返答は非常に彼らしいものであったと皆に話している。




「いや、王子達は関係無い。ただ、子供が攫われたと聞くと悲しむ人がいるだけさ。俺はその人達が悲しむと知った上で見て見ぬふりは出来ないんだよ。それに・・・」



「「「それに・・・?」」」



 エリックとバダック、リリーまでもが声を揃えて理由を聞く。



「これぐらいさっさと片付けられないようじゃ、自慢の兄とは言って貰えないだろうからな。それは俺にとっては何よりも優先する理由だ。」



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