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ロデリックの手紙

<ロデリックside>




 今私は森に来ている。


 話しの発端は村に新しく来たクラウドという男からの発案であった。


 こいつはこともあろうに元冒険者である私の前で魔導具を作れると言った。


 田舎の村に住むからといって馬鹿にするにも程があると思ったが、すぐさま手に出した魔導具は私の理解を超えていた。冒険者として上位クラスにまでなった私が聞いたことさえないような魔導具。

クリーチャーカードと呼ぶその魔導具の性能を一緒に見に行こうと誘われたが、とても冷静な目で見ることなど出来そうもないと一旦は断った。


 家に帰りミルトアの街にいる友人の貴族に手紙を書いた。クラウドが街へ行くことを了承したと。


 以前に来ていた手紙では、友人は薬師が了承してくれるなら旅に危険があってはいけないと護衛の冒険者を雇うと書いていた。


 どうも要らないように思えて仕方がないが、手紙にそれは書かなかった。


 不確かな情報でうかつに判断は出来ない。


 家で手紙を書き終わり一息つけたと思っていた時、見計らったかのようにクラウドが尋ねてきた。



「これからさっき言ってた通り森に行くんだけど、村長さんどうする?」



 少し落ち着いたこともあり、同行することを了承したところで冒頭へと戻る訳だ。


 そもそも私は足が悪い。過去魔物との戦闘で左足の健に傷を受け動きが著しく落ちてしまった。仕方なく冒険者を引退した訳であるが、クラウドは足を引きずる私を見てどうということも無いと言った。


「村の中じゃちょっと目立つから森の入口までは何とかついて来てくれな。


 入ってからは楽になるようにするからさ。」


 どういうつもりだ?森に入ってからの方が楽なはずがない。


 悪い足場、高低差、魔物への警戒等挙げればまだまだある。そんな私を見てこいつは言ったのだ。


「この辺りまでくればいいか。それじゃあ村長さんこれに乗りなよ。」



 先ほどから信じられないことばかりが次々と起こる。



 クラウドはアイテムリングから取り出したその魔導具を空飛ぶ円盤フライングディスクと呼んだ。クラウドの手から離れた空飛ぶ円盤は地面に落ちることなく膝ほどの高さで宙に浮いている。


 驚く私をほとんど無理やりその上に座らせたところ、少し上に浮き上がりクラウドの肩程の高さで止まった。


 足が悪いことなど何にも関係なくすいすいと森を進む。もちろん浮かんでいるだけの私に疲労はないはずだが、何故か身体が怠い気がする。


 空飛ぶ円盤に乗って空中を漂いながら進んでいると気づきにくいが、クラウドは驚くほどの速さで森を進んでいる。悪い足場も苦になっていないようだ。


 つい先ほど、ついに中層部へとやって来た。「ここは危険だ!」と声を荒げる私に向かい笑っているだけのクラウド。何を笑っていると怒ったが、「大丈夫だよ。ここまで来たけど現に今まで何かに襲われたかい?」などと言う。運よく襲われなかったことを勘違いしているようだ。


 『注意を促さなければ』と思った時、中層部にいるはずがないブラッドベアが群れで姿を現した。


 「う、うわあぁあぁっ!」


 通常群れることがないブラッドベアの大群。悲鳴を上げる私に向かい


「あ、大丈夫。こいつは友達さ。


 なんか同族で一番強かったらしくてね。周囲の同族を纏めあげていつも挨拶に来てくれるんだ。」などとほざく。


 頭がおかしいのか?と言おうとしたがブラッドベア達は頭を下げ目の前を通るクラウドを見送っているように見える。信じられないが自分の目で見てしまえば信じざるを得ない。


 もちろん戦闘もしていない私が疲れるはずは無いのだが、何故か身体が怠い。


 ものの15分程でついに奴は中心部にまで来てしまった。移動の速さに驚くべきか、無鉄砲ぶりにあきれるべきか。


 本来ならすぐにも帰るよう言うはずだが、何故か口が開かない。なすがままに引っ張っていかれる。


 突如として右手側にある茂みが揺れた。


 ゆっくりと現れたのは巨大な蛇だった。いや、ただの蛇じゃない。上半身から短く2つの腕が生えている。ギラついた目は冷たく獲物を見定め、真っ白い鱗はまるで夢幻の中に自身がいるかのように錯覚させるほどに幻想的だった。


 隣にいるクラウドから驚きの声が上がる。


「こいつは驚いた・・・」


 ついにこの馬鹿も自身の無謀さに気づいたか、そう思うと同時に怒りが湧く。何故こんな馬鹿について来たのか。一種の現実感の無さが私の意識を希薄にしていた。


 こんな馬鹿の道連れで死ぬのか・・


 己への情けなさが溢れてくる。しかし、あくまでも私はトント村の村長なのだ。死に方というものがある。


「クラウド、逃げるのだ!


 私が食べられている間に可能な限り・・」


 2人共、まずは助からない。


 しかし、それでも・・・


 悲痛な決意に顔が歪む中、隣のクラウドも顔が歪んでいる。


「見てみなよ村長さん!


 リンドブルムは通常緑の鱗なのに!こいつはアルビノ種だ!滅多にお目にかかれないぜ?」


 おそらくあまりの恐怖で現実を忘れているのだろう。


 どうやら目の前の巨大な蛇はリンドブルムというらしい・・・


 ・・・ん?リ・・リンドブルム・・・?


 ば、馬鹿な!


 確か、50年程前に北方にある小国の一つに攻め入りわずか10体で国を滅ぼした魔物ではないか!


「さあ、村長さん。カード使おうよ。


 呼んだらちゃんと指示を出してくれ。こいつらは先に指示がないと動きが著しく低下するんだ。」


 どうやら呆けていたようだ。連れてこられた理由を今さら思い出した。


「・・・来い、騎士ナイト。」


 異常な事態のはずだが、何の抵抗もなく呼んでしまった。


 当然のように現れる真っ黒なフルプレートアーマーを着込んだ騎士。戦闘するよう指示を出すと、身体をかがめたかと思った途端、地面を蹴り周囲に土煙を巻き上げた。2mはあるツーハンデッドソードを軽々と扱い一気に距離を詰める。


 両腕から弾きだされるように繰り出された一撃がリンドブルムの上半身に振り下ろされる。


 だが、リンドブルムもまた身体を弛ませた反動で騎士目がけて尾を繰り出した。結果、騎士が途中から尾へと狙いを変えたことで剣と尾が激突する。


バキイィィ!


 周囲に凄まじい轟音が響いた。その場で体制を整えるリンドブルムと対照的に、ほぼ水平に吹き飛ばされている騎士。しかし、地面に足をつけた途端、そのまま右前方へと凄まじい速さで駆け出した。リンドブルムは尾を横に薙ぎ払い突進を止めようとするが、駆け出した勢いのまま上方へ跳んで躱す。そのまま進行方向にある木を蹴り左に大きくジャンプした。リンドブルムの上を取り、死角となる場所から剣を振り下ろす。


『ボッ』


 大剣を振ったとはとても思えないほどの短い音が響いた。繰り出される剣の鋭さが分かるというものだ。


ガキイィィィン!


 蛇の上半身を捉えたが強固な鱗が大剣の一撃を止めてしまう。そのまま上半身でかみ砕こうと襲ってきたが、迫ってくる頭に足を置き一足飛びに蛇の後方へ距離を取る。空中で身をひるがえし、着地と同時に敵へと向き直る。


 ここまでの戦いに全くついて行けないロデリックであるが、騎士が優秀であることだけは分かった。


 騎士が一体いればもはや盗賊は怖くない


 それどころか森の中心部の魔物とここまで戦えるのだ。


 全盛期の自分はおろか誰が攻めて来ようとも、この騎士が負ける想像がつかない。 


 再度剣を構えた騎士に今度は頭と尾が同時に攻撃を繰り出し始めた。


 さすがに同時には捌ききれなかったようで攻撃をくらうようになっている。しかし、余程頑丈なのだろう、蛇の巨体もまた騎士に致命傷を与えるには至らないようだ。


 しかしこれではジリ貧だ。打つ手がない以上、勝利することは無い。


 やはり命運は変わらないか・・・


 と思った時だった。


「どう、村長さん?なかなかやるだろ?」


 なかなかどころか、この騎士の腕前は『ぶっ飛んでいる』としか言いようが無い程だ。


「しかし、頭と尾が同時に攻撃をし始めてからは押される一方だ。


 ・・・このままでは勝てないのではないか?」


 そう言葉を絞り出す。


 すると返事は耳を疑うようなものであった。


「そりゃそうさ。


 わざわざ勝てない相手を探して奥まで来たんだから。


 余力を残して勝つよりも、全力を振り絞って負けた時の方が腕前がより分かるだろ?」


 しかしだからと言って・・・


 そう続けようとしたところで、この男は人外の戦いを前にして言ったのだ。


「腕前ならもう分かってくれたかい?実は腹が減ってきたからそろそろ帰りたいんだ。


 もう終わらせてきていい?。」






 それから家にはわずか30分ほどで帰りついた。


 凄まじい速さで地面をかけるクラウド。それに並走するように宙を浮かんで移動した結果だ。


 不思議なことだ。結局一度の戦闘にも参加せず、歩きさえしていないにもかかわらず身体が怠い。



 驚きすぎて疲れるなど初めての体験だ。


 さぁ、一息ついたら友人へ手紙を書こう。








 要るはずがない。


 リンドブルムを相手に僅か一発の魔法で勝ってのける男に護衛など、金の無駄だと教えてやろう。




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