赤色の地獄
希望の塔の周りでは、勇者と、魔物と魔族との戦いが苛烈を極めていた。斬りはらい、繋ぎ止め、壊し尽くす。破壊と再生がごちゃ混ぜとなり、混沌がその場を支配している。
「…………ん?」
その戦いの最中、魔力感知型の指揮官がとある反応を探知した。遠くから凄まじい勢いで近寄ってくる高エネルギー体。敵?味方?………判断がつかない。
「…………意識しておかなくてはな。」
指揮官は戦場に意識を向けなおし、戦場の指揮を取り直した。
「破壊と再生。………もう誰も、俺達を止めることは出来ない。」
顔がなくなり、ヘドロのような存在だった液体は人型になった。男?女?………どちらともつかない中性的な体型。声もやはり、性別が判断つかない……いや、性格すらも判断できないような声色。人と呼ぶにはあまりにも[全体的]であるそれは、ただ存在として私達の前に立っていた。
「…………ヤバい。」
なんと呼べばいいのか分からない[それ]を見てから、私の冷や汗は止まることなく流れ続ける。命、生、死
、有限、無限。終わることのない[すべて]が、目の前にあるのを感じ取ってしまったんだ。
「あれヤバい…………」
それしか言葉が出ない。あれは間違いなく、人がどうにか出来る存在ではない。
「………………」
カイも無言のままだ。「どうしよう」と彼に聞きたいのに、私は聞けずにいる。カイに何かを聞いた所で、どうにかなるとも思えないからだ。
「…………なぁ、イリナ達。」
ビクッ!
それが声をかけた瞬間、私は大きく反応してしまった。
「まだ俺達と戦うつもりなのか?」
戦わなければいけない。これ以上、被害を広げないためにも!……でも!でも!
「俺達はもう戦うつもりはない。必要もない。」
「なっ………な、なんで!?」
それの言葉が予想外すぎて、私は更に大きく反応してしまった。
「俺達は、作った奴に生殺与奪を握られていた。でももう、俺達は死なない。あいつの命令を聞く必要もないし、意味もなく人を殺す必要もない。だから俺達はお前達とも戦いたくない。」
作られた奴……あの青ローブか!?
「でも!あんたがいるだけで、人達が死んじゃうでしょ!私はそれを許せないんだよ!」
生きているだけで死をばらまく男。そんな存在を野放しにするわけには…………
「それも大丈夫だ。ミヤビの魔力のおかげで、俺の魔力は他人に影響しなくなった。………無意識で人を殺すことはもうない。」
「……………ほ、本当?」
だ、だったら……本当に、本当に……あの男と戦う必要がないじゃないか。
「まぁ、意識すれば殺すことはできるけどな。………でも、[存在するだけで有害]ではなくなった筈だ。そんな俺達を殺すのか?」
「…………………」
ダメだ、どうにか出来るわけがない。でも、話を鵜呑みにするわけにもいかない。なにより、彼は今まで沢山の人間を、街を、滅ぼしてきたんだ。どうすれば……どうすれば………
「………じゃあ、青ローブの奴を殺すの手伝ってやるよ。それでチャラにしてくんねぇか?いままでの事をよ。」
それは………
「俺がここで立ち塞がって足止めしても良いんだが………俺はもう、あいつの為に行動する必要はない。なんなら、俺はあいつのことをずっと恨んでたからな、すぐにぶっ殺してやりたいぐらいなんだ。喜んでお前らの手助けをするよ。」
「………ど、どうするカイ?」
「………………」
カイはそれを無言で睨みつける。苦虫を噛み潰したような険しい表情。いつものカイらしくない。
「……………仕方がない、彼に従いましょう。僕らじゃ彼を殺しきれない。」
……………カイがそう判断したというのなら、本当に手立てがないということだ。その判断に従うしかない。
「んじゃ上に行くぞ。あのクソ野郎が待っている。」
それは、上の階へと続く階段へと歩き出した。
私も恐る恐るそれに続くように歩き始め………
「イリナ……この先気をつけて下さい。」
カイが私の隣に並びながら歩き、コソッと耳打ちをした。
「あれのこと?それなら警戒は怠るつもりはないけど………」
「………あれはもう、人の理から外れている。加速しますよ………地獄が。」
「……………?」
「待ち受ける地獄が加速した。下手したら………全てが死ぬ。」
張り詰めた表情のまま、カイは男の後を追っていった。
……………あそこまで余裕がないカイを初めて見た。地獄?………青ローブのことか?
警戒で心を張り詰めながら、私はカイの隣を歩いていく。
「ズクのこと、許してあげて。」
階段を歩いていると、先頭を歩く男から女の子が聞こえてきた。これは、さっき男を庇った女の子の声か?
「悪気があったわけじゃないの。本当は何もしたくなくて、ただ空を眺めているのが好きなだけの普通の子なの。」「ウルセェぞミヤビ。お前は俺の保護者か。」「でも…………」「俺のことを全員に分かってもらいたいわけじゃないんだ。俺はひっそりと生きていたい、好きなもの見て、食べて。それだけなんだ。」「………つまんないの。」「お前にだけは言われたくない。」
楽しそうだと思った。いつも彼と対峙するときは、どこか張り詰めていて、全てを憎むような気を散らしていたのに、彼らのやり取りからはそんなものは感じない。朗らか………普通だ。
「…………子供なんだね、2人とも。」
「…………年相応にな。」「0歳だもんね。」「外見的には15歳いってるだろ。」
………こんな子供を利用していたのか。いや、彼だけじゃない。もっと沢山の子供達を連れ去って、無理矢理魔力を植え付けて…………
「やっぱり許せないよ、青ローブ。」
「………そうですね。」
「同感。」「たしかに。」
私達は階段を登り続ける。青ローブを倒す為に。
「やっと……来た。この時が、待ち望んだこの時が!全てを踏み潰し、蹂躙するこの時が!」
階段を登りきると、声が聞こえてきた。この声……青ローブか?いつものように冷静な感じはない。うかれ、熱狂しているような興奮が聞こえてくる。
「生憎、あんたの計画はここまでだよ。」
私達は青ローブの近くへと一歩踏み出した。
塔の頂上。巨大な1つのホールとなっているこの部屋の奥に、青ローブは立っていた。右手に握られた短刀が、白く、怪しく、光り輝いている。
「おや、おやおや?誰かと思ったらイリナとズク君ではないか?姿が変わっていて気づかなかったよ。」
「そういうこと。ズクはもうこっちの味方さ。あんたの頼みの綱はなくなった。観念して殺されるんだね。」
私は更に一歩近づいた。
「ズクが頼みの綱?………その程度の男が、私の切り札なわけがないだろうが。」
「なんだって?」
ん?
近づいてようやく分かった。女の子が1人、大きな台の上に寝かされていた。あの子は……この前私を殴った子だ!捕まったのかこいつらに!
「………………」
………しかし、だから?女の子が1人、この場にいるからといって何が起こるというんだ?しかも寝かされているのなら、なおさらどうにか出来るわけがない。切り札となるわけが…………
「この塔に群がる雑種ども。私がばらまいたエサにおびき寄せられた雑種ども。ただ存在するだけ、意味もなく生き続ける奴らは、我らが魔族の邪魔でしかない。行動を起こさなくては………軽く踏み潰してやらなければならないのだ。恐怖をもって、破壊をもって、死をもって、力をもって!圧倒的破壊が!!この世界を業火で焼きつくすべきなのだ!!」
青ローブは短刀を両手で握りしめ、持ち上げた。その切っ先は女の子の胸に向けられ…………
「な、なにするつもり!?」
「我らが前に来給え!!我らが王!!世界の王!!力と知恵を司る万物の破壊者!!炎帝様よ!!この生贄を捧げます!!」
ドスッ!!!
短刀が、女の子の胸に突き刺された。白く光っていた短刀は、その鮮血に染められ、明るい赤紫色へと怪しく光上がっていく。
「なにやってんだお前ぇええ!!!」
私は思いっきり踏み出し、青ローブに殴りかかる!!
ドゴォォオオオオンンンン!!!!
ガラガラガラガラガラッ!!!!
瞬間、赤色が世界を飲み込んだ。塔の外壁が崩れ落ち、いや、塔そのものが崩壊した。
な、ほ、炎!?希望の塔が壊れるなんて!!
私は空中で態勢を整え着地をして周りを見渡す!
何が………一体何が!!!
ガシャン…………
巨大な鎧だった。体全身を包み込み、無骨なまでに分厚い赤色の鎧。それが、崩れ落ちていく塔の残骸を燃やし尽くしながら立っていた。
「間に合わなかった………最悪だ。」
カイがそれを見ながら立ち尽くしている。
「…………何あれ。」
「………………」
「………まさかっ!」
「……………炎帝です。地獄が始まる…………」
ガシャン…………
地獄が一歩、近づいてきた。




