希望の塔
ただ世界を見てみたかった。
雨が降る夜空。晴れた後の虹空。空まで届く山。ありふれた街並み。パンが焼けた香ばしい匂い。店先のショーケース。歩く人々………なんでもよかった。この窮屈な部屋から抜け出せるのなら、なんでも…………
「ミヤビ……お前は私達の可愛い子供だ。でもクズでノロマで、危険な外に出したら命がいくらあっても足りない。分かってくれるね?」
私の両親は平凡だ。とても平凡。普通に生きて、普通に働き、普通に出逢って、普通に結婚して、私が生まれた。ただ少しだけ変わっていたことがあって、それは私を家に閉じ込めていたことだ。
勇者と魔族の衝突によって不安定になっていた勇者領。それを快く思っていない両親は、可愛さのあまり私を家に閉じ込めた。12年………とても長かった。意味もなく過ぎ去っていく時間は、人の心を愚鈍にさせる。
でも結局、怪我をさせない為に家に閉じ込めても、安全が保証されるわけじゃない。力の前には全てが無意味だ。
「……………」
ある日私の家に知らない集団が押し入ってきた。どうやら目当ては魔力を持たない子供を確保することだったらしい。私を守る為に抵抗した両親は、アッサリと殺された。何もない部屋から覗いたリビングは2人の血で染まっていた。でもなんの感情もわかなかった。私を一生懸命育てようとしてくれたのは分かっていたし、愛してくれていたのも分かっていた。それでも涙は出ないし、正直なことを言うと[これでここから出られる]と感謝していた。自分の家、自分の部屋に閉じこもっていた私は、自分以外のことがどうでもよくなっていたのだろう。両親の死体を見ながら、私は外の世界に想いを馳せていた。
「私の願いは……世界を見ること。ただ、見つめること。………[傍観者]、それが私の魔力。」
ミヤビは俺の近くで座りながら話を続ける。
………こいつ、どこか抜けてると思ったがそういうことか。1つの世界しか知らなかったんだ。やっと理解した。
「戦いに参加する力もなく、そんな意思もなく、世界に影響を与えることもなく、与えられることもない。ただ見つめるだけ。………私は全ての影響を受けない一般人。だからズクの魔力にも感染しない。」
たしかにそれは……戦闘には向かないな。ここで俺と一緒に閉じ込められても仕方ないってもんだ。
「だから、分かるよ。ズクの気持ち。」
「………んなわけねぇだろ。」
「自分以外はどうでも良くて、死にたくなくて………でも世界は見たくって。私もそうだから。」
「……………」
初めて人の存在を身近に感じた気がした。空間的な距離だけじゃなくて、心理的な距離も。
「ねぇ、聞かせて?ズクの世界を。壮絶で、激しくて……まるで夢のような世界を。」
「…………しょうがねぇな。」
俺はそれからミヤビと話し続けた、寝る間も惜しんでひたすらに。街の騒がしさ、煌びやかさ、静かさ……人を殺した時の感触、その時の苦悶の表情。…………そして、俺が初めて死を痛烈に感じた相手、イリナについてだ。
「ありゃあ化け物だ。強いだけじゃない、なんていうか……こう、オーラが違うんだ。普通じゃないって言うんかな。」
言いたくないが、あれは[選ばれた人間]だ。希望の塊……希望そのものとも言える。対峙した瞬間に「こいつをなんとか出来るのは特別な人間だけだ」と、反応が理解した。
「……………」
「…………怖い?」
いつのまにか足が震えていた。貧乏ゆすりみたいにカタカタ、カタカタと小刻みに。それを両手で押さえようとすると、今度は両手まで震えだした。恐怖だ……溢れかえって逃げ場をなくした恐怖が俺の身体中を伝っているんだ。叫んで身体中の恐怖を吐き出したくなる衝動を必死に抑え込み、俺は目を見開き続ける。
「………きっと俺は、またあいつと戦わなきゃいけない。死ぬか生きるか………もしかしたらどちらも死ぬような、血みどろの戦いだ。」
そして……多分俺が死ぬ。今のままじゃ活路が見いだせない。あの戦いで成長したイリナを倒すことなんて………
「…………俺は死ぬのが怖い。どこまでも無意味に満ちた人生だからこそ、意味を見出せるまでは死にたくないんだ。死を呼び込む以外の、別の意味を………」
殺すことしかできない俺が死を怖がるなんてバカげている……多分、俺の話を聞いたやつはみんなそう思うだろう。俺だって今までそう思っていた。でも今は違う、まだ死にたくない。[俺はこの為に生まれてきたんだ]と、胸張って死ねるような意味を見つけるまでは、俺は死にたくない。
「………大丈夫だよ、ズクなら。」
俺を見ながら体育座りをしているミヤビ。見開いているのか、細めているのかもよくわからない目が、こいつの儚さを表していた。
「普通の人間はそんなこと考えないもん。自分の生まれた意味を破壊してまで、存在意義を探そうとする人はない。…………特別だよ。イリナって人と同じぐらい。」
「………どうだろうな。俺はあそこまで輝かない。」
「輝くことだけが価値じゃない。輝きを飲み込むことも、それもきっと、素晴らしい価値だと私は思うよ。」
「ミヤビ………」
「果てしない絶望は、揺るぎない希望と同じ。絶望は最低じゃない、最高だよ。」
「……………」
やっぱりこいつはどこか狂っている。傍観者気取っているわりには、今の言葉は完璧に主観まみれだ。世間知らずの傍観者。でも……こんなやつの言葉でも、今の俺には支えになるっていうのか。
初めてだ、そばの誰かに存在を認められたのは。……嬉しいもんなんだな、こんな小ちゃなことだというのに。むず痒くって、ソワソワして……身体中の喜びを吐露したくなったけど、勿体ない気がして俺はグッと我慢した。
「………そっか。」
でもやっぱり出したかった俺は、一言だけ出した。綿毛がそよ風に乗るような、柔らかな言葉を。
「…………そうなんだよ。」
そして、どこまでも陽気な声が、その綿毛を優しく包んだ。薫風……その言葉がぴったりだ。
「希望の塔の名前の由来は、この世界で初めて希望が生まれた場所……だそうです。」
塔の周りを埋め尽くすように勇者達が立っていた。そしてその前に、カイとイリナが悠然と立っている。
「またあのおとぎ話?」
「ええ、下らないおとぎ話です。」
「…………」
「…………この場所で、あなたは、この時代の希望になる。誰もが直視できないほどの、大きな希望に。」
「青ローブを倒して。」
「そして、死をばら撒くものを倒して。」
1週間前の借りはキッチリ返す………待ってな。
「それじゃあ行きましょうか……イリナ。」
「………カイ!?今イリナって………」
「約束は守るタイプなんですよ、こう見えて。」
「………どっから見てもそう見えるよ、カイはね。」
「ふふっ、初めてですよそんなことを言われたのは。」
私とカイは互いの目を見あった後、塔に向かって一歩前に出た。
ドンドンドンドンッ!!!!
すると、塔の上から大量の魔物が降ってきた。全員、牙や爪を剥き出しにしてこっちを睨みつけている。
「グルルルルル…………ッ!!」
「………終わらせようか、絶望を。」
「広げましょうか、希望を。」




