無価値な傍観者
全てを壊す輝きがある。それは簡単に人を絶望へとおいやり、奈落の底に叩き込む。力………ただそれだけが、その光を表す言葉だ。
赤く燃え盛る炎が、私の目の前に広がっていた。
崩れ落ちた塔、転がる大量の死体、破裂した頭部。炎だけじゃない、絶望が広がっていた。
私はどうだろうか。この力の前になす術なく消えてしまうのか?希望が消えてしまうのか?………私の力じゃ及ばないのか。
青色の鎧がコロンと音を立てる。
それを合図に鎧の男が腕をふるった瞬間、世界は赤く染まり上がった。
[崩界]の魔力を持った男との戦いの後日談を簡単に語ると、地獄だった。あの男によって滅ぼされた計60の市町村の後処理に追われたからだ。………想像するだけで、その光景がいかに凄惨かわかる。それに、私達の身体面だ。私はもう一回死んで生き返るのに2日かかった……でもこれはまだ優しい方。カイなんて回復するのに5日かかったのだから。私みたいに、自分一人で、自分の身体を一瞬で死に至らしめる手段がなかったから、[魔力無効の空間で、体の一部分の破壊と再生]を繰り返したらしい。腕を切って再生させ、脚を切って再生させ、首を切って再生させ…………修復能力が高すぎるがあまり、治療中に何回も意識を取り戻してしまったらしい。…………聞いただけで地獄だ。あの男は一体、どれほどの爪痕を勇者領に刻んだんだろうか。
「しかも仕留め損ねてしまった………最悪だ。」
私は座りながら項垂れた。
これほどまでの犠牲を出したのに、結局元凶を仕留めることができなかった。また、今回みたいな惨たらしい殺戮が起こってしまうの?
「………何も悪いことばかりではない。そう思いませんか?」
対面の椅子に座っているカイが、ゆっくりと口を開いた。
「悪いことばっかりでしょ。あの男が動いただけで、また街が何十個も潰れてしまう。しかも今回みたいに倒せるかどうかも………」
「動かしたら……ね。ならば、動く前に殺せばいい。」
「……逃げられたんだよ。どこにいるのかなんてサッパリ…………」
「死を消すことは誰にも出来ない。だから、全ての脅威たりうるんですよ。………相手にとってもね。」
そう言うとカイは勇者領全域の地図を机の上に広げた。
「中心部から1000キロメートル離れた北西部、そこで最近、大量の死体が発見されました。目立った外傷はなく、死因は心筋梗塞………」
「それじゃああの男とは違うんじゃない?あいつの魔力に感染した人達って、体破裂してたじゃん。」
「あれは血を飛ばすことによって、魔力の感染範囲を広げる為に破裂させていただけですよ。あの魔力の本質は、細胞を殺すことですから。」
ふーん………改めて聞くとなかなかえげつない魔力だ。派手さはないけれど、確実に人を殺せる。破壊する細胞をコントロールすれば死に方すらも選べる。実際、私もいつの間にか五感を破壊されていたわけだし……
「死をばら撒き、死に方すらも操れる男。しかしそんな人間を庇えば、間違いなく支障が出る。いままでアジトを隠していた青ローブでしたが、とうとう尻尾を出しましたね。」
指し示された場所……その名は、[希望の塔]。
「……………」
生きているのか……俺は。
天井を見上げながら、俺は無言を貫いていた。
「………………」
徹底的に追い詰めていたはずだ……それなのに俺は…………
イリナのあの鬼気迫る表情を思い出した。目が見えてないはずなのに、しっかりと俺を睨みつけていたあの顔。しかも最後は俺の魔力を破壊しやがった。顔面を殴られた感触が今でも残っている。
………初めてだ、ここまで自分の死を感じたのは。いつも身近に感じていたはずなのに……
ブルッ
身体から嫌な汗が噴き出た。冷たく、まとわりつくような汗だ。ジワリと近づく死よりも、急激に襲いかかる死の方が着実にトラウマを植え付けるようだ。
「………これが、死の恐怖か。」
何度目かも分からない、でも、何度も言ったことだけはハッキリと覚えているこの言葉。
「死にたくねぇなぁ。」
それが、ようやく腑に落ちた気がした。
そして俺は目を閉じる。
俺はきっと、またあの女と戦わされる。根拠はないけれど、ハッキリと確信している。その時俺は……死ぬ。今のままじゃ間違いなく死ぬ。イリナに倒されてしまう。勝つビジョンが一切見えない。俺が及び腰になっているせいか、それとも論理的に考えても行き詰まっているのか………きっと、後者が前者を呼び込んでいるのだろう。
…………死にたくねぇなぁ。
汗がグッショリとシャツを濡らす。
破壊するだけの命、殺すだけの命。どうせ一瞬で散る命。頭で分かっていても、恐怖を押し殺すことができない。
「………辛そう。」
俺から離れていたミヤビが口を開いた。
「………チッ。」
俺は寝返りをうってミヤビから顔を背けた。
「いつも辛そうだったけど………こっちに来てから更に辛そう。」
こっち……この塔に来てからのことだろう。4日間死地をさまよい、昨日起きた俺のことを見ていたこいつならある程度の違いならわかるかもしれない。
「知った口を………お前に同情されてもなんも嬉しくねーよ。耳障りなだけだ。」
ちょこっと俺の表面を見た程度のお前に、俺の何がわかる。死が隣につきまとう恐怖がわかるか。意味もなく人を殺す虚しさがわかるのか。その虚しさを紛らわす為にピエロを演じなきゃいけないこの気持ちがわかるのか。
「俺はマリオネットだ。持ち主のガキみたいな願望を満たすだけの人形。か細く、すぐにでもほつれてしまう糸を切られたら動くこともできない。」
その存在意義すら消えそうになっている。寿命を迎える前に、イリナに殺される前に、存在を消されてしまうかもしれない。それすらも俺からすれば恐怖だ。
「………無価値なお前には何もわからねぇだろうよ。」
「…………そう、私は無価値。」
ピトッ
ほっぺに温かい感触がきた。
「無価値な……傍観者………だからズクの気持ちはよくわかるの。」
振り向いた俺の目の前に顔があった。近い………鼻と鼻がくっつきそうなほどだ。
「死ぬのが怖い?見捨てられるのが怖い?……悲しいほどわかるよ、その気持ち。」
動揺している。初めてだったから……こんな近くで人肌を感じたのは……いや、それだけじゃない。なんなんだ?どうして?
「………なんなんだお前?」
「私はミヤビ。無価値な傍観者。………それだけ。」
俺の魔力に感染しない……だと?




