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地底800マイル  作者: 悟飯 粒
赤き血潮の大悪党
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笑わせたいなぁ

「私が思うに、この世界は、ただのイタズラで出来たのではないだろうか。」


柔らかな色に照らされる本棚。埃と本の匂いが、木材の腐っているような落ち着きのある匂いと混ざり合い温かさを作り出していた。書斎……ではあるのだろうが、本棚があまりにも多いために小さな図書館と呼んだ方がいいかもしれない。


「階級化され一見整っているように見えるが……よく見たまえ。煩雑さが隠しきれていないではないか。」


丸々と肥えた大きな体を億劫そうに傾け、机の上の書類に目を向けた。


「力あるものが弱者を搾取し、虐げ、無情にその命を奪っていく。見たまえこの戦死者の数を。見たまえ貧困による死者の数を。たかが3%にも満たない富裕層の欲望のためだけに貶される尊厳を。」


領土を増やすためだと戦いへと扇動し、それなのに領土は増えない。犬死だ。


「行動に対価が伴わず、行動にそもそも制限がある………こんな世界が、勇者が今いるこの世界が、本当に正しいと言えるのだろうか。」


勇者………名ばかりの存在だ。こんな称号、平民をぞんざいに扱うためだけに存在する使い勝手のいい暴力権だ。………そう、私がいつも使っているようにな。


「だから私は、こんな雑然とした不平等な世界を生き抜くためになんでもしてきた。汚いことなど、18歳ぐらいには既に数えきれないほど実行した。それも全て私が生き残り、甘い蜜を吸うためだ。そこにはなんの後悔もない。私はある意味でこの世界の被害者であり、加害者なのだ。誰が私を責めうるだろうか。」

「………その通りだ。この世界は欠陥だらけ。いや、この世界そのものじゃなくて、勇者領と呼ばれるちっぽけな洞穴(せかい)が間違いなのさ。他全てから隔離された何も知らない無知な集団。それゆえに彼らは無駄なあがきを繰り返す。………だがそれは王の意思に反する。だから私はそれを破壊したい。」


私の後ろにいる青色のローブを羽織った青年。今この勇者領でお尋ね者として追われている悪党だ。


「偉い御矜持恐れ入るが、私はただ自分の利益になると思ったからお前の味方についただけだ。……今やお前の勢力は勇者領など簡単に転覆しうる力を持っているからな。強者になびくのが弱者唯一の選択さ。」

「それでいいんですよ。強い人間は常に正義を貫く。理由はどうあれ、そこに所属するのであれば全て正義だ。」


薄明かりをたたえる三日月が、我が書斎を照らしていた。

全てを利用する………それが私の生きる道だ。



ブラドを捕まえてから1週間で、勇者内部で不正を働いていた者たちが芋づる式で検挙された。そして捕まえた人間のほぼ全員がそのセクターごとの重要な役職を担っていたせいであちこちが対応に追われていた。勇者領内ではお偉いさんがたが走り回っているというなんとも稀有な状況が見える。


「この顔の人に見覚えない?」


そんな中、私達は勇者領の資料室でカルナーとマイトリーに写真を見せていた。この写真はこの勇者領に所属している勇者達の顔写真だ。彼女達の話によると、青ローブと繋がりがある人間がいるらしい。それも青ローブと密接な関係を築いている人間が。彼女達は名前は分からないけれどそいつの顔は覚えているらしいから、今こうして写真を虱潰しで見せているというわけ。


「うーーん違うかなぁ。もうちょっと太っていたと思うよ。」

「太っていたって言われてもねぇ。勇者領で重役務めてる奴って慶次さんを除いて基本デブだからなぁ………絞りきれないんだよね。」

「デブだけに、どう頑張っても絞りきれないと………」

「あんた今世のデブ全てを敵に回したからね。覚悟しておいた方が良いよ。」


そもそも勇者領内部のみで情報を絞ってはいるが、もし勇者領全域に捜査の手を広げたら数が膨大なことになる。そもそも重役だってことも怪しいわけだし………非効率的すぎるんだよなぁ。


「さっさと手がかりゲットして青ローブを捕まえないと………被害が増えちゃうよ。」


行方不明の子供は増えていくばかり………なんとかしないと…………


「そもそもその青ローブの目的はなんなのさ!やっぱり勇者領をぶっ壊すのが目的なの!?」

「……………」


いつも通りカイが答えてくれるかと思ったら、何も返事がなかった。カイは机を見続けていた。


「………どうしたの?」

「………あ、いえ、少し考え事をしていました。それでなんでしたっけ?」

「だからーー青ローブの目的は勇者領を壊すことなの?」

「…………多分そうです。」

「多分?あんたともあろうものがらしくないね。いつもみたいに[ええ、そうですね。]とか言ってハキハキ答えてよ。」

「絶対性を示す証拠がないんですよ。つまり断定ができないんです。だから僕が言えるのは[多分そうです。]この一言のみです。」


ふぅん、なるほどね。そう言われちゃ仕方がない。


「うわぁあああ!!!飽きたァァアア!!!」


ドッタンバッタンとマイトリーが暴れた。


「なんでずっとデブの顔を見なくちゃいけないのぉおお!!もっとカッコいいやつを見せて!!」

「あんたねぇ………私達捜査中よ。どんなにつまらないからって放り出しちゃいけないのさ。」

「そう言われてもー………息抜きに何かいいお話聞きたいなぁ。イリナさんの武勇伝みたいなの聞きたいなーー。」

「敵全員倒した。以上終わり。」

「えぇぇ………なんかこう、もっと具体的なのを………」

「超TUEEEEEE!!!って感じね。」

「具体的とは一体………」


武勇伝なんて言われてもねぇ。私からすれば全部当たり前みたいに片付けてしまったから、これと言った思い入れもないしそもそも凄いことをしたという実感もない。喋ることなんてないよねぇ。


「光剣の話でもしてあげたらどうですか?これをゲットするのにかなり苦戦したじゃないですか。」


………なるほどねぇ。


「それ確かにいいね………私がいつも背負ってる剣は光剣と言ってだね、七大聖剣という伝説級の武器なんだよ。」

「はえぇ………なんか凄い。」

「凄いなんてもんじゃないよ。これが隠されていたダンジョンはかなりキツかったからね。モンスターが無限に出てくるしダンジョンそのものが迷路だし、中ボスみたいなのが5体いるし、謎解きもあるしと……攻略するのに1ヶ月ぐらいかかったよ。」

「そんな難しいところもスパパッと攻略しちゃうイリナさんはやっぱり凄いね!!流石はアイドル兼魔法少女兼お笑い芸人だ!!!」

「思ってたんだけど私に対するイメージが酷すぎない?私はアイドルなんてしてないし魔法少女でもないしお笑い芸人でもないんだけど。まぁ?アイドルなんかよりもよっぽど美しくって魔法少女以上に強いってのには賛同するけどね。でもお笑い芸人だけは絶対に認めない。」


強い、可愛いはわかる。だって実際にそうだもん。でもお笑い芸人っていうのは………


「助けた人全員笑わせてるって聞いたんだ。……人を心の底から笑わせられる人っていうのは誰だってお笑い芸人だと思うんだ。だからイリナさんはお笑い芸人なんだよ。」

「…………あ、ありがとう……」

「………照れてやんの。」

「カルナー!あんた本当嫌なところ責めてくるよね!」


マイトリーの後ろに隠れていたカルナーを引っ張り出してワシャワシャと髪をごちゃ混ぜにした。


「あっはっはっ!!髪がボサボサになってるー!!………あれ?イリナさんの背中にあるもう1つの剣って何?紫?……いや黒?よく分からないけれど気味悪いよ。」


マイトリーが私の背中にあるもう1つの剣を指差して聞いてきた。


「これは魔剣だよ。これも七大聖剣のうちの1つさ。と言っても私達勇者じゃ使えないんだけどね。」

「えーーじゃあなんで装備してるの?」

「魔剣は重要な武器だからね。絶対に魔族に奪われてはいけないんだ。んで、奪われないためには一番安全な場所に置かなくちゃいけないってことで、一番安全な場所といったらー?」

「イリナさんのすぐ近く?」

「そう!!私が肌身離さず待つことによって魔族からこれが奪われる心配はないのさー。」


勇者最速で勇者最強の私が持っていて、それに加えてカイも常にそばにいる。勇者領で厳重に保管するよりもよっぽど安全なのさ。


「でもこの魔剣ってのはそんなにやばいの?目に悪いってぐらいしか感じないけど……」

「あーーやばい。超やばい。魔族がこんなの持ったらね、本当やばい。どれだけやばいかというと………まぁ、そういうのはカイが説明してくれるから。説明しちゃって!」

「………知らないでやんの。」


知ってるからね!?これはね、あれさ、教え下手なのさ。だから教え上手なカイに協力を仰いでいるというわけ。賢いでしょ。


「聖剣というのは神から派生して生まれた武器です。つまり神格化されている為効果が酷いことになっています。魔剣はこれまでに使用された記録がない為、具体的な能力は知られていませんが、この剣を守っていた暴竜カオスの能力を有していると思われます。」


あーーあいつもめんどくさかったなぁ。攻撃を全てかわさないといけないからねぇ……


「カオスの能力は[目があったものを殺す]ことと[攻撃が当たったものを殺す]こと、[咆哮に当たられた者の動きを止める]ことの3つ。これらを魔族が自由に使えるようになってしまったら、被害は甚大でしょうねぇ。」


………改めて聞くとたまったもんじゃないなぁ。これを利用されるのは全力で阻止した方がいいようだ。


「まっ、といってもそこまで能力を引き出せるのは魔王クラスです。彼らが動くようなことはまずないので杞憂ではありますがね。」

「だよねーー。彼らの手に渡るなんてあり得ないもんね。」

「そうです。つまりこんな雑談に花を咲かせる必要はないのでさっさと仕事に戻りましょう。資料はまだたんまりありますよ。」

「やだぁぁあああ!!!アイドルにはこんなデスクワークは似合わないよ!!!ネタ考えさせて!!!」


カルナーとマイトリーが駄々をこねている中、私は彼女達が目を通し終えた資料に目を向けた。

捜索範囲を絞り込めたら良いんだけれど……ブラドは全然口を割ってくれないし、この1週間で捕まった人間も一向に口を割ってくれない。そんなに裏切った後の報復が怖いのだろうか?………いや、もしかしたら、身も心もその裏切り者に侵食されているから裏切るつもりは一切のかもしれない。そうなるとやはり厄介だ。

轍がなんか情報握ってたら良いんだけどなぁ……いや、あり得ないか………ん?あれ?

私は腕を組みながら、1週間前の出来事の記憶を引っ張り出した。そう言えば使用人達が[お客様が来る。]なんていってたなぁ………あれ誰だったんだろ。轍が積極的に友好関係を結びたいのは勇者だよね。それに、結構な上客だとも予想できるよね。どんな料理を作るのかを前日の夜に考えるような人なんだから…………まさかね。

私は3人を置いて、轍がいる牢屋へと向かった。

人を笑わせることができる人間というのは凄いと思います。だから私は必死に[笑い]に取り組むお笑い芸人というものを尊敬しています。

私も人を笑わせられる人間になりたい者です。

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