第一部最終話
クーデターから1週間が経った。ユウキの怪我はまだ完治してなかったが、あまり時間をかけすぎたくないというユウキとアオイたっての希望で、無理をおして出発することになった。
出発の時間もあまり人目につかないように、日が昇る前の早朝に行くことになった。城下町の関所にはコニール経由で賄賂を渡しており、安全に通れるようにしてあった。指名手配されているとはいえ、コニールを信奉するものは未だに多くおり、関所の兵士にも何人かいたために話がスムーズに進むことになった。
旅に出るのはユウキ・アオイ・コニール・シーラの4人。そして見送りにグレゴリー、モモ、アンジュ、そしてマイルズ神父が関所にまで来ていた。グレゴリーはユウキの手を掴むと、深く頭を下げた。
「ありがとう……モモを助けてくれて本当にありがとう……!」
あまりに深く頭を下げられ、ユウキは困惑しながらグレゴリーに言った。
「いや、むしろ俺のがモモさんに助けられてばかりでしたから……。モモさんがいなかったら、俺は3回か4回は死んでましたよ。謙遜抜きでマジで」
モモはグレゴリーの腕にしがみつきながら、ユウキに微笑んだ。
「ありがとうユウキ。……じゃあね」
「……これは俺の予想ですが、モモさんをはぐれ異邦人として討伐するクエストは、あのタカシが終わらせたはずです。つまり、もうモモさんは狙われることが無いはず……。途中、もし間違いないって調べがついたら、必ず手紙を送りますから」
ユウキは説明するものの、モモは首をかしげた。
「うん? うん。わかった。じゃあユウキからの手紙を待ってるね!」
わかったようなわかってないような曖昧な返事だったが、ユウキは何も言うことなく、微笑みながら返事をした。
「ええ。オレゴンについたら、必ず手紙を送りますよ」
アンジュはマイルズ神父に車椅子で押してもらう形でここまで来ていた。意識を取り戻したのはまだ2日前であり、自力で立ち上がることも難しかったが、それでも最後の送りに来ていた。アンジュは怪訝な顔をしながらシーラに尋ねる。
「……どうして私を庇ったの?」
アンジュはクーデター派の名簿から名前を抹消されていた。公的にクーデターに一切関わっていなかったことになり、クーデター派としての罪を全て免除されていたのだった。そしてそれにはシーラが大きく関わっていた。シーラが裏の伝手を使い、あらゆる方面に掛け合うことで、アンジュの今後の就職ポストまで準備していた。
「どうしてって……約束したからだろ。兄さんの怪我を治してくれるなら、就職先まで面倒みてやるって」
「そうだけど……!」
「……あと、その身体」
シーラはアンジュのボロボロになった身体を指さした。
「確実に後遺症が残るレベルで魔力をつかったろ? 逆に聞きたいんだが、お前はなぜそこまで命がけで私たちを守ってくれたんだ」
「それは……」
アンジュの身体は見た目以上にボロボロとなっていた。限界を超えて魔法を使用してしまい、もう今後まともに魔法が使えるかどうか?といったくらいにまで深い傷を負ってしまっていた。
「……タカシに好き勝手やらせるのが気に食わなかったから。シズクさんは確かに冷酷な人だったけど、あんな無秩序な破壊まで望んでたわけじゃない。だから、止めなきゃいけないと思ったのよ」
「そう。じゃ、私もあんたの質問に答えたげる」
シーラは不敵な笑みを浮かべながらアンジュに言った。
「アンタがおもった以上の“バカ”だったからね。そんな他人の思いに命を懸ける大バカだったから、私もその思いに答えてやったのよ」
アンジュは少し驚いた表情を浮かべると、シーラに向けて舌を出した。
「誰がバカよ。この落第不良女が。…………」
アンジュは最後に小さい声で呟いた。
「…………ごめん」
シーラはそれが聞こえたのか聞こえてないのか、曖昧な態度で表には出さなかったが、ペロッと少しだけ舌を出すことで、アンジュへと答えたのだった。
マイルズはコニールと向き合っていた、実はマイルズは呼ばれたわけではなかったのだが、コニールの行方を捜しているとの話をアンジュが聞きつけ、自分の身体を押すことの条件でここにまで連れてきたのだった。
コニールももうマイルズと会えると思っていなかったこともあり、互いにどう話せばいいのかわからずに黙りこくってしまう。しかし黙り続けているわけにもいかず、マイルズから口を開いた。
「コニール……私は君に謝らなければならない」
「神父様……?」
マイルズは俯きながらコニールへ懺悔するように話し始めた。
「……君が6歳の頃。教会の経営は風前の灯火だった。君のような孤児を預かるのはもう限界が近かった」
コニールは何も言わず、黙って神父の話を聞いていた。
「だが、君が騎士見習いとしてスカウトを受けた際も、私が強く否定していればもっと君に別の人生が……普通に温かい家庭を築く人生を与えられたのでは……!こんな国から追い出されるようなこともなく……!」
「いいんです」
コニールは頭を下げるマイルズ神父の肩に手を置いた。
「私はこうなったことに別に後悔はありませんから。むしろ、あの時騎士としての道を選んだから、こうやって町を救えたんだって、そう思えませんか?」
「コニール……!」
「だから、今も胸を張って言わせていただきます。……“行ってきます”と」
コニールの言葉に、マイルズ神父は穏やかな笑みを浮かべ答えた。
「……ああ。行ってらっしゃい。コニール」
× × ×
そして4人は関所から城下町の外に出た。来た時と同じようにユウキが全部の荷物を持つ形となり、オレゴン自治領に行ったことがあるシーラとコニールが先導する形を取っていた。アオイはユウキの横を歩いており、歩きながらユウキに話しかける。
「ねえ、ユウキ。今大丈夫?」
「ん?ああ、別に問題ないけど」
ユウキは何の気もなしに返事をしたが、その表情は暗い。最近ユウキは落ち込んだ表情を見せることが多くなり、そのことをアオイも認識していた。
「……あのタカシって異邦人のこと、考えてるの?」
アオイからの質問に、ユウキは苦笑しながら答えた。
「ああ、流石にお前には隠し事はできないよな……。そうだよ、あのタカシの事がどうしても気になってる」
ユウキはタカシとの戦いの時、最後は殺すつもりで、大鎌ではなく拳で殴っていた。最終的には自分で手を下す結果にはならなかったが、殺してしまったようなものだった。そして何よりも。
「……俺とあのタカシに、一体何の違いがあるんだろうな……」
ユウキは――結城葵はいわゆるパッとしない人間だった。そしてこの世界に来て、異邦人としてステータスが与えられ、シーラやコニールのような人たちと出会い、魔物や異邦人たちと戦った。
しかしそれらはユウキ自身が努力で得たものなのだろうか?ずっとその考えが頭を巡っていた。シズクからもステータスがあるから、そんな風に振舞えていると指摘された。なら、あのタカシと――他の異邦人たちと自分に一体何の違いがあるのだろう?借り物の力でイキっているのはどちらも一緒なのだから、と。
「でもそれは……!」
アオイは否定しようとするが、それに割り込むようにユウキは言葉をつないだ。
「わかってる。だからこそ、アイツと戦って分かったことがあるんだ。……この異邦人の力は“あっちゃいけない”ってことが」
ユウキは右手を掲げ、空を見上げた。
「俺とタカシにさした違いがないからこそわかるんだ。この力が“無かったら”、そもそもそんなことはできなかったって。……この力はそういった“覚悟のできてない人間”を容易に殺人鬼に変えてしまう。……俺だっていつそうなるか」
なぜタカシを殺そうとしたのか。それはユウキも痛いほど理解できていた。“話が通じなかったから”。これに尽きるものだった。そんな理由で相手の命を奪おうとしたした自分が、なぜああならないと思え――。
バシーン!と音が響き、ユウキは遅れて脳天に激しい痛みを覚えて頭を押さえた。
「いっっっってえぇぇぇ!!!???」
「人の話を聞け! このバカ!」
さきほど鳴った音は、アオイがフライパンでユウキの頭をぶん殴った音であった。まさかの金属物で殴られたユウキは目から火花を散らしながらアオイに怒鳴る。
「そんなもんで人を殴るな! 殺す気か!?」
しかしアオイはそれ以上の怒気でユウキに怒鳴る。
「だから黙って人の話を聞け!」
「は……はい……」
そのあまりの迫力にユウキは根負けし、大人しくアオイの話を聞く姿勢を取った。アオイもそれを見て鼻を鳴らして話をする体勢を取る。
「いい!? まずあのタカシを倒したのは、自分一人だと思ってないでしょうね!?」
「い……いや……みんなの力があったから……」
「違う! あのタカシを倒したのは“異邦人狩り”。そして異邦人狩りは“俺と私”でしょう!?」
その言葉を聞いてユウキは目を見開いた。そしてタカシと戦う前に、アオイの拳を合わせたことを思い出す。俺私は二人で一つだと。
「……だから、もしユウキが道を踏み外しそうになったら私が止める。そして私が道を踏み外しそうになったらユウキがそれを止める。……それが相棒なんじゃないの」
「…………そうだったな。そうだ……俺たちは“相棒”だったんだな……」
ユウキの目に涙が浮かぶ。その涙は、この1週間ずっと思い悩んでいた事が氷解し、その氷が解けた水のようであった。そして今度こそ、ユウキの中に一本の芯が真っすぐに通っていった。やるべきことが、自分の歩むべき道がしっかりと見えた。
ユウキは足を踏み出し、自分が道の上を真っすぐ歩いていることを確かめる。
「そう、俺たちは“異邦人狩り”だ。旅の最中もし悪さをする異邦人がいるのなら……」
「それを狩って止めること。それが私たちがこの世界に来た意味」
「「そして……」」
道の前の方でシーラとコニールが手を振ってユウキ達を呼ぶ。
「おーい! 兄さん姉さーん! 何してんすかー!」
「荷物が重いのかーい!? 少し持とうかー!?」
前で二人を待たせてしまっていたことに気づき、ユウキとアオイは顔を合わせて笑った。そしてシーラ達の下へと駆け出していく。
「なんでもないです! 今行きまーす!」
「ごめんさーい! ちょっと話し込んじゃってましたー!」
――そして、必ず二人で帰ること。それが俺私の何よりも忘れるべきでない目的なのだと。そう、心に刻み込んだ。




