第10話-③
守護竜が城からいなくなったことで、クーデター派は再び城に乗り込んでいた。守護竜を町に放つというルシアン王の暴挙を聞いた城の兵士たちは、殆どが士気を完全に失っており、無抵抗でクーデターはに投降していた。まだ一部の兵士たちが玉座の間を中心に守ってはいたが、それも時間の問題であった。
そんな中、アオイもクーデター派に一緒に連れてこられており、城の地下にある牢屋に閉じ込められていた。アオイは監禁されながらも自分のやるべきことを模索し、今は魔法の訓練を行っていた。
「ん……と……確か自分の丹田から力を込めて……」
シーラから魔法を使うコツを教えて貰ってはいたが、一度も魔法が成功したことないのと、教えているシーラも魔法が使えるわけではないので、具体的な感覚が未だに掴めていなかった。しかしアオイは愚直に言われた通りに訓練を続ける。
結城葵だったころにここまで真面目に何かをやり遂げようとしたことは一度も無かった。勉強もスポーツも何も上手くいったことはなく、自分は努力しても無駄だという無気力がずっと心の中を支配していた。
しかし今は前向きなモチベーションが心の中にあった。自分が命を狙われているので力をつけなければならないこと。友達であるシーラの魔法の理論を証明してあげたいこと。そしてユウキを守ってあげたいこと。この世界に来て起きた様々な出来事がアオイの心を強くしていた。アオイは念じながら身体の魔力を練り上げていく。そして何十回目かのトライで、ようやくコツを掴みかけていた。
「なんか……わかってきたかも……確かシーラが言うには”お風呂に入ってる時のお湯”の感覚って話だったな……シーラとお風呂って言うと変なこと思い出しちゃうけど……」
コツンコツンと牢屋の外から何者かが階段を降りてくる音が聞こえる。アオイは魔力を消し、その音に集中する。この状況で来るのはシズクかそれとも――。
「……やっぱりあんただよね」
アオイは脂汗を額から流す。手は相変わらず塞がれているので、目に入った汗を肩で拭った。――そして手が塞がれていることが、何よりも問題であった。何故なら降りてきた”襲撃者”に対し、抵抗ができないのだから。
「ククク……今度こそ邪魔は入らねえぞ……!」
アオイを狙う異邦人――インチは舌なめずりをしながら牢屋に手をかけた。アオイは必死に拘束を解こうとするが、力ではどうやっても外せないし、瞬間移動の能力は封じられてしまっている。その様子を見てインチの表情はますます歪む。
「無駄だって。心配すんな。初めてだろうから優しくしてやるからよぉ……!」
「く……くそっ……!」
インチが鍵を開けている間、アオイは頭をフル回転させる。なにか、なにか方法は――。そして閃光のように”ある方法”がアオイの脳裏に浮かんだ。だがそれはアオイも一度も成功したことがない、ぶっつけ本番の”賭け”だった。
アオイは目を瞑り意識を集中させる。インチはアオイが抵抗できないものだと思い、舐め切ってアオイに目を配ってすらいなかった。――もしインチが少しでも気を配っていれば、この時点で次に起こる事に気づけたかもしれない。そしてインチが牢屋の鍵を開け終わり中に入ってくる。
「さ~て……まずはその服を……」
アオイの服に手を伸ばされた瞬間、アオイは目を開け、インチの手を”掴んだ”。
「え?」
塞がれていたはずのアオイの手が自由になっているのを見て、インチは声を上げる。しかしその声が完全に発せられる前に、インチは瞬間的に壁に叩きつけられていた。
「ば……バカな……!」
”瞬間移動”によって壁に叩きつけられたインチは、痛みで呼吸がつまりながらアオイを見る。するとアオイの両手にはまだ手錠がつけられていたが、手を塞いでいたはずのタオルが無くなっていた。
「お……お前……!」
インチは立ち上がろうとするが、それを見てアオイはまず左手で、右手に付いている手錠を掴む。そして瞬間移動の能力を起動させ、手首から右手の先へ手錠が瞬間移動した。そして今度は左手で手錠を持ちながら、右手をインチへと向ける。
「手錠の鍵はシズク先輩が持ってて、あんたは持ってないだろう?」
アオイがそういった瞬間、左手から手錠が瞬間移動する。アオイが狙ったのはインチの手首であったが、狙いがはずれてインチの手首の上に手錠が落ちただけだった。アオイはその現象に目を丸くする。
「ん!? ……あ、そうか!私の細腕より、アイツのムキムキの腕のほうが太いから、瞬間移動が失敗したのか!? そういやそういう実験はしてなかった!」
インチは額に血管を浮かばせながら立ち上がり、アオイに詰め寄っていく。
「ふ……ふふふ……抵抗しなきゃ殴らないでいてやろうと思ったのによお……! 両手が自由になっちまったんじゃ、もうぶん殴って黙らせるしかなくなっちまったじゃねえか……!」
「くそ……!」
アオイは右手をインチに向ける。インチはアオイの左手を見るが、何も持っていない事を確認して高笑いする。
「あっはっは! 何してんだお前は! 左手に物を持ってないと能力は使えねーんだろ! まぁそもそも瞬間移動させるだけの能力なら、何飛ばされたところで痛くもねーけどよ!」
アオイは意識を集中させ、右手の先に気合をこめる。そして震えた声で呟いた。
「ファイエル」
次の瞬間、アオイの右手から火球がインチに向かって飛ぶ。
「な!?」
想定外の物が飛んできたインチは、咄嗟に腕で防御をするが、腕から爆発が起きて後方へ吹き飛ばされる。
「今だ!」
アオイはダッシュで牢屋から逃げ出す。途中、牢屋と上階を繋ぐ扉にカギがかけられていたが、アオイはその鍵の部分を左手で掴み、瞬間移動させることで鍵をこじ開ける。そして走って逃げながら、アオイは心の中で叫んだ。
(上手くいった、上手くいった、上手くいった!)
アオイがやったことは、シーラに教わった火炎魔法『ファイエル』だった。まず両手を塞いでいたタオルを火炎魔法で燃やす。その際に焦げ臭い臭いが牢屋に広がっていたが、インチはそれを気にすることもしなかった。そして両手の掌が自由になったことで、瞬間移動の能力が使えるようになり、手錠を外し、脱走に成功したのだった。
城を駆けながらアオイは周囲を見渡す。城の中も戦場になっており、特に主戦場である最上階玉座の間の方から剣戟の音が聞こえてくる。もうクーデターは終盤に向かっているようであった。
「ここまでくれば、ユウキ達もスズキ先輩や他の異邦人達と戦うために城に来てる可能性が高い!まず私がすべきことは……ユウキ達と合流する方法を探すことだ!」
× × ×
アオイの推察通り、ユウキ達は城への侵入に成功していた。――というよりもう警備がろくに機能しておらず、特に何も苦労せずに城の中にまで入ることができていた。だが現体制派、クーデター派どちらからも見つかると面倒なことになるため、コニールが知る城の隠し部屋の一つに潜んでいた。
「しかしよくこんなところ色々知ってますね」
ユウキは隠れている隠し部屋を眺めながらコニールに言った。最初にコニールを救出しに来た際も、侍女のマリー経由でコニールのしっている隠し部屋を案内されていたこともあった。
「……私はルシアン王の側近のような仕事を任されていたからな。その際にすぐ駆けつけられるように、限られた王族しか知らない隠し部屋や通路を教えてもらっていたんだ」
「なるほど……」
「それで、私たちはこれからどうしたらいいの?」
シーラがコニールに尋ねるが、ユウキとコニールは目を丸くして、、ユウキは逆にシーラに尋ね返した。
「いや待て、シーラお前が考えてるんじゃないの?」
シーラはユウキに尋ねられて、慌てて首を横に振った。
「いやいやいや! こういうのはコニールの方が本職なんですから、自分が考えるよりコニールの判断のほうが正確でしょう!?」
「何言ってるんだ?シーラ?」
コニールは急に謙虚になったシーラに尋ねる。
「私やユウキ君が何か考えるより、シーラが考えた方が絶対に間違いが無いんだよ。仮にそれで何か起こったとしても、私たちの中で文句を言う人間はいないって」
コニールから直球の言葉をぶつけられ、シーラは俯いてしまう。
「…………なんで、コニールはそこまで私を信じれるの?」
「なんでって……そんな別に深い理由はないけど……」
シーラは涙目になりながらコニールの肩を掴んで詰め寄る。
「なんでよ! 私……コニールに酷いことばっかり言ってるじゃん! なんで!? それにこの場で一番の足手まといは私じゃん! 一体なんでよ!?」
コニールは困ったようにユウキに目を向けるが、ユウキはユウキでシーラ側の裏事情を知っていることと、そもそもユウキ自身が極めて”不器用”な側の人間なので目を反らさざるえなかった。コニールは観念して深くため息を吐くと、シーラの肩を掴んだ。
「いいかシーラ。私もこんな仕事を続けてきたから、信じていい人間といけない人間の区別について、他の人よりもずっと判断力は上だと思ってる。……逆に言えば君はなんでユウキ君たちについていっているんだ?」
「なんでって……そりゃ兄さんたちを放っておけないから……」
それを聞いてコニールはシーラに微笑んだ。
「それでいいんだよ。それだけで私はシーラを信じられるんだ。君も私も、根っこはダダ甘の”お人好し”なんだよ」
シーラがここでコニールに思いの丈をぶつけたのは、先のコニール救出劇の際にも何もできなかったこと、それに今までの戦いもただ偉そうに指示を出してるだけで、自分は横から見ているだけということを自覚していたからだった。
しかしユウキもアオイもコニールも、、シーラの指示を邪魔だとは一度も思った事はなく、むしろその判断力について多大な信頼を置いていた。
だがシーラは自身の心の根っこに”自分への不信感”がずっと根付いていた。だからこそ、そしてそれがこのタイミングで噴き出してしまったのだった。
「でも……でも……!」
シーラは涙が止まらなくなってしまうが、コニールは優しく抱きしめる。
「いいんだよ。そもそもこんな何の得にもならないことをしてくれてる時点で、もう無条件に信じられるんだ。……私はとっくに覚悟を決めてるけど、君だってもうろくに表を歩けないはずなんだから」
二人を巻き込んでしまったユウキはそれを聞いて気まずそうに目を泳がせた。それを見てコニールは苦笑してユウキに言う。
「別にユウキ君が何かをしたわけじゃないだろう。……単純に、私たち全員が”不器用”ってだけなんだよ。上手く生きるかっていう事より、自分の正しいと思ったことにその身を投じてしまう、不器用な人間の集まりだ。……だからこそ、私は君たちと出会えてよかった」




