第10話-①
午後9時を回り、クーデター派が行動を起こしてから半日が経過しようとしていた。城下町に残っていた現体制派の兵士たちは最初は抵抗していたものの、おおよそ制圧されきってしまっており、すでに風前の灯であった。
エドワード王子も一度町に撤退していたものの、町中の抵抗勢力が殆ど沈黙したことを見て、最前線である城の目の前まで来ていた。――そしてそれは治安のさらなる悪化を示していた。
町中では略奪が更に横行し、それは避難している住民にまで手が及び始めていた。その手は町の多くの人が避難している教会――コニールがかつて世話になっていたマクハール教会にまで及んでいた。
「おい! 開けろ! 我々は解放軍だ! この教会にスパイが入り込んでいるという噂がある! 開けんと反逆罪で処刑するぞ! ギャハハハ!」
教会の外から、ドアを叩く音が聞こえる。教会に避難している一般住民たちは、奥で身を震わせて縮こまっていた。教会の神父であるマイルズ神父は、修道女たちと一緒にドアの前にバリケードを作っていた。修道女の一人が神父に進言する。
「これ以上は無理です神父様! 今なら開ければもしかしたら……!」
マイルズ神父は断固としてその進言を拒否した。
「なりません! 彼らを入れて無事で済むとは思えません! 可能かなぎり抵抗して、事態が動くことを待つしか……!」
奥の住民や一部の修道女はすでに諦めてしまっており、教会の女神像に祈りをささげていた。この教会は女神イウーリアを奉る“イウーリア教”を信奉しており、東大陸でもっともメジャーな宗教であった。その神聖な教会を汚すようなならずものが、話し合いで済むはずがない。マイルズはそういう現実的な思考ができる人間ではあった。
しかしこの状況に打てる手を考えられるような人間でもなかった。マイルズは手を止めずにバリケードを作りながらも神へ祈る。
「女神よ……!」
――その瞬間、外で轟音が響き渡る。それと同時に兵士たちの悲鳴も上がった。
「な……なんだぁ!?」
「ぎゃあああああ!」
「そ……そんな……“守護竜が……ぐああああ!」
悲鳴がひとしきり上がり、外がしんと静かになる。奥に避難していた人たちからもどよめきがあがる。
「なにが起こったんだ?」
「あのならず者たちがやられたのか?」
「守護竜って……まさか王家を守るあの守護竜!?」
混乱する避難民たちにマイルズは声を張って落ち着かせる。
「待ってください! 今一斉に出るのは危険です! まずは私から外の様子を確認します!」
マイルズ神父は40年以上この教会で神父を務めあげており、町の人々からも信頼が篤く、神父の言葉に反対する者は誰もいなかった。マイルズ神父は修道女とバリケードをどかし、外に出る。――そしてそこで見た光景はわが目を疑うものだった。
「バカな……守護竜が……“町を壊している”……!?」
マイルズが見た光景は、王家を守る守護竜エルヴィスが城下町を破壊しつくす光景だった。確かにクーデター派も守護竜にやられてはいるが、それ以上に民間人への被害も起こっていた。しかもそれが巻き込まれたうえの仕方ない“事故”ではなく、守護竜は積極的に民間人も狙っていた。
マイルズは咄嗟に扉を閉じた。この光景を避難している人々に見せるわけにはいかない。王家守護竜はこの国ではおとぎ話と共に語られる存在であり、人々を守る守護神としての扱いをされていた。そして何故こうなってしまったのか、マイルズはすぐに理解ができた。
「ルシアン王……! 貴方はそこまで腐っていたのか……!」
守護竜は王家の人間――もっと言えば“王”の命令のみ聞くようにされている。となればこの破壊行為はルシアン王の命令以外他ならない。そしてマイルズにはその心当たりがあった。
× × ×
事実、守護竜が暴走している原因はルシアン王によるものだった。クーデター派に押されている中、城は守護竜がいるために無事ではあったが、城下町各地の現体制派が崩壊状態であることを聞き“タガ”が外れてしまった。
狂気に陥ったルシアン王は守護竜に城を守ることではなく、反乱分子の殲滅を命令する。そしてその反乱分子とは、自分のいう事を聞かない“民間人”すらも含まれていた――。
× × ×
クーデター派は城に守護竜がいなくなったことで、城への攻めを再開した。だが各地に散らばったクーデター派がまだそれなりにおり、守護竜はそちらへの攻撃を優先していた。そして守護竜が暴れるたびに町は破壊されていく。
人々は逃げ惑いはするがその足取りは重い。すでにこの混乱が起きて半日が経過していることと、守護竜は自分たちの味方であるという認識が根付いており、現状が理解できていないのだった。
マイルズもその光景を見ていることしかできなかった。――20年ほど前に教会で預かっていた孤児を手元から離してしまった時もそうだった。その時の少女は今も時折教会に来て、マイルズに感謝の言葉を述べている。
しかし、マイルズの心には後悔しか残っていなかった。それはその少女が“騎士”となって活躍をしてからもそうだった。その少女の後ろ暗い噂話が聞こえてくる度に、あの子に普通の幸せを与えてやれなかったのかと後悔が脳裏によぎる。
そして放心している間に、守護竜はマイルズの目の前にまで来ていた。守護竜はマイルズに対して、なんの躊躇もなく爪を振りかぶる。マイルズの目の前の惨状を見て、すでに抵抗するという気力がなくなってしまっていた。
「これも女神様の罰……か……」
そして爪が振り下ろされ――目の前で金属音が鳴り響く。マイルズは何が起こったのか理解できずにいたが、目が慣れていくにつれ目の前の黒い影と大鎌が自分を守ったことに気づく。そしてその姿はイウーリア教の教えにあった死を告げる神――。
「死……神……?」
「あ、こっちでも死神の概念があるんだ。確かにシーラも似たようなこと言ってたもんなぁ」
しかしその死神を思わせる風貌からは予期しない、軽い少年のような声が発せられた。その黒い影は未だに守護竜と鍔迫り合っている鎌を一振りすると、守護竜の爪は弾かれて大きくのけぞった。そしてその黒い影――ユウキは近くにいるであろう仲間に声をかけていた。
「あのドラゴンはさっき城で見た、国を守るドラゴンじゃないのかよ! なんで町を破壊して人を襲ってんだ!?」
「それはおそらく……ルシアン王が命じたんだ。町の人々を全員敵だと妄想して」
背後から聞こえた女性の声に、マイルズは聞き覚えがあった。マイルズはすぐに振り向くと、そこにいたのは絹のように美しく流れる金色の髪の女騎士――コニールだった。コニールもマイルズの存在に気づくと、微笑んで会釈をする。
「お久しぶりです神父様。……ここのところ、教会に訪れることができなくて申し訳ございません」
「コニール……!」
コニールは剣を構えると、ユウキと共に並ぶ。そして守護竜に対し立ち向かっていた。
「コニールさん……確か以前、魔物のランクとかの話を聞いたことありますけど、あのドラゴンはどのくらいなのかわかります……?」
ユウキは恐る恐る尋ねると、コニールは乾いた笑い声でユウキに答えた。
「はは……。そうね……“S”ってところじゃないかな」
「それは……SSSとかURとかもっと上が……?」
「いや、Sが一番上。この前のBなんか比べ物にならない。……というかなんだURって」
ユウキと親し気に会話するコニールを見て、困惑するマイルズの腕を何者かが引っ張る。
「神父様。今はあの二人に任せて私たちは隠れましょう」
マイルズの腕を引っ張っていたのはシーラだった。ユウキとコニールの邪魔にならないようにするために、避難を進めていた。しかしマイルズはコニールたちが守護竜と戦うという事の“意味”を深く理解していた。
「待て!コニール!君が守護竜と戦ったら……!」
コニールも守護竜と戦う事の“意味”は理解していた。そして理解したうえでコニールはマイルズに笑みを返した。
「大丈夫です神父様。もう、覚悟は決めましたから」




