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面倒くさがりの飲食店店員(女)の日常  作者: 美月


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終わりの始まりー祈ること・祀ることの意味

すみません。今回、どうやら見えない世界と繋がったらしく。妄想と思う方は、後半スルーしてください。

 6月29日。

 2026年も半年が過ぎ去ろうとしている。

(明日は夏越しの大祓え、か)

 最近の日本人は、神社に行くことが少なくなっており、お葬式や結婚式もせず、自宅で神棚や仏壇を祀ることも少なくなっていると聞く。

 大祓えの儀が明日となった今日、せっかくなので少し昔話も交えて、祀る大切さについて、語ろうと思う。

 小さな頃、私と姉は計算ができるようにか、父親から1+1=2、2+2=4、4+4=8といった、2の二乗の計算式を1000を超えるまで覚えさせられた記憶がある。

 今から考えれば、これはご先祖様の数を教えられていたのだ。

 親は二人、その親が生まれるには祖父母が四人必要となる。さらに祖父母が生まれるには八人と、代を遡ると最早数えきれないほどのご先祖様が私たちにはいることになる。

 そのご先祖様全員が善人とはさすがに思えないし、中には悪事を働いたご先祖様もいたはずだ。

 悪事を働いたご先祖様は亡くなっている。

 だが、きちんと弔っていなかったり、供養していないとそのご先祖様の悪い影響を受ける。

 そして、中にはとても良いご先祖様もいる。

 善行を積み、子どもたちのお世話をしながら幸せに暮らしたご先祖様もいるはずだ。

 そのご先祖様たちは日々、祈りを欠かさずに行っていた。

 子どもたちが健康で元気に育ちますように、家族皆が幸せであれますように、家族が無事に一年を過ごせますように・・・と、自分と自分の家族の幸せや無事を願い続けた。誰かを助けたり、誰かを愛した。

 そのご先祖様の徳によって、私たちは無事に存えていることも当然ある。

 仏壇や神棚を祀る、本当の意味。

 祀り、感謝の祈りを捧げることで、自分の血筋のご先祖様の悪い影響を退け、良いご先祖様の影響を受ける。

 そして、それは自分という存在を、自分という命を祝福することでもあるのだ。

 祈りも祝福も別にご祈祷を受けずともできること。神棚がなくとも、農家の人は太陽や月、雨に感謝を捧げていた。

 それは、感謝を捧げることでわざわいを退けられることを感覚的に知っていたからだ。

 たくさんの良いことが起きることを知っていたからだ。

 森羅万象の法則。万物は流転する。

 それは、行動や想いも一緒。感謝の想いや幸せだという想いは流転し、誰かを守護したり、助けてくれる見えない力となって具現化する。

 自然という強大な力の前では、人は時に無力となる。だからこそ。

 自然という力=八百万の神々として祀り、感謝の祈りを通じて自然災害を遠ざけようとしたのだ。あるいは、自然災害の規模を小さくしようとした。

 地震・雷・火事・大雨・旱魃など。

 現代でさえ、脅威となる自然災害。

 それらはきっと、ご先祖様や自然に敬意や感謝を捧げなくなった、人の心が被害を拡大した面も少なからずあるのだと思う。

 愛の反対は無関心だという。

 自分の命のルーツであるご先祖様に感謝できずに、関心を持たずに、幸せになれるだろうか。

 私は、そうは思わない。ご先祖様を敬わないというのは自分の命を敬わないということでもある。

 自分で自分の命の価値を、貶める行為なのだ、と。

 他人にやったことは巡り巡って自分に還る。

 ご先祖様を敬うことをちゃんとやってきた家系は、それを子孫が引き継ぐ。

 子どもは親の背中をみて育つからだ。子どもは親がしていることを真似しながら育つからだ。

 子どもに教えるべきことはまず、親が実践しなければならない。


 「尊き御身に我が身を捧げる」


 待って欲しい。なぜ、こんな言葉が思い浮かんだのだ。捧げなくていい、と返すと。


「我が意志故に」


 ・・・私の経験だが。祈りを続けていると、見えない世界と私たちは繋がっているという感覚になることがある。

 直感かなにかは知らないが、見えない存在からメッセージめいたものを受け取ることもある。

 上記のように。

 別に私は霊能力者ではない。ただ、自分の感覚を疑いすぎても、自分を信じていないことになる。


「望外の喜び」


 信じてもらえたことが嬉しいようだ。一体、どういった存在なのか。


「守護」


 守護の存在らしい。まぁ、おいおいわかるのだろう。


「御身の尊き祈りに感銘を受けました」


 あ。

 まさか、とは思うが。

 最近、神棚に追加して始めた祈りが原因では。

 待って欲しい。

 あれは本当にここ最近のことで、そこまで強く祈った覚えがない。


「一年。一年続けられた。祈りを」


 確かに。去年の六月から、神棚をつくり、お札を祀り始めたが。日々の感謝ぐらいだ。

 大したことはやっていない、と私は思うのだが。他からみれば、十分すごいことなのだろう。

これ以上は、書くといろいろとまずい気がしてきた。感覚じみたものは他者に容易に説明できないのだ。

 そう感じる、以上には書けない。なので。

 今日はこれで筆を置こう。つづきはまた明日。

視聴してくださってる皆様。

いつも私の投稿を読んでくださり、ありがとうございます。ランキングに載ったのも皆様のおかげです。

本当本当にありがとうございます( ^ω^ )

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