睡眠障害の頼みの綱は、電位治療器
(寝つけない・・・)
友人と楽しく過ごした後、家に帰ってきて、昼寝ならぬ夕寝をした。しかし、ご飯後、寝つけない事態に直面してしまう。
普段、睡眠時にはお腹を温める温熱治療をしているのだが。あまりに寝つきが悪いため、電位治療に切り替える。
三十代以降の寝つきの悪さは身体の強張りや緊張から来ることも多い。
逆に、身体の強張りや緊張をなんらかの方法で解いてやれば、気付かぬうちに意識が落ちていることがある。
意外と睡眠障害の回復に良いのが電位治療だと私は思っている。
睡眠障害は本気できつい。寝たいのに眠れない。そんな日が続くと、判断力、身体の制御、昼間の倦怠感、急にやってくる眩暈・吐き気、などなど。さまざまな症状に悩まされる。
頭の、前頭前野の部分が働かなくなり、感情的になり、すごくイライラすることもある。
人にもよるのだが、基本的に人間はおおよそが昼光性、つまりは昼間に動く生き物である。昼間に動くようにできてる生き物が夜に無理に動けば、不具合が生じるのも納得である。
あと、これは個人的な見解だが、アスペルガー症候群やADHD持ちは、夜勤と相性が悪い気がしている。アスペルガー症候群・ADHDは頭の特性として、集中力が異常に長く保てる過集中・没頭の特性を持っている人間もいるのだが。若い頃はその過集中・没頭で負ったダメージも代謝・回復能力が高いのでカバーできる。が、三十代・四十代となると、回復能力や代謝能力が落ちてしまっているので、カバーできなくなる。要するに無理がきかなくなるのだ。あと、頭のつくり自体がそこそこ環境ストレスに弱いし、人間関係についても上手く構築できない人間が多い。
白黒思考が強過ぎて、グレーを上手く認められないのだ。この辺りは、おそらく完璧主義が影響している部分なのだろう。
結構、思ってることがある。アーティストたちがアーティストであるのは、他の生き方ができなかったりするからもありそうだな、と。
白黒思考、完璧主義、身体・芸術的なセンス。
それと引き換えに、わかりたくなくても、人の心がわかってしまったり、些細なことで傷ついてしまう特性、疑心暗鬼、RSD・・・いや、本気で生きづらさを抱えるだろう、これは。
大変だなぁ、と思うが、持って生まれた特性をさらに磨き上げた結果でもあるので、今更なかったことにもできない。彼・彼女らの努力してきた証でもあるのだ。
でも、寂しい。悲しい。誰か一人でも理解者が欲しい。すべて理解してくれなくてもいいから、苦しさがあることをわかってほしい。
動けなくて、動けない自分に自己嫌悪を抱いてしまう自分に、優しい言葉をかけてほしい、と。
・・・なぜ、こんな言葉が浮かんだ?
アーティスト勢と関わると、たまにこんなこともある。彼・彼女らの表現力はすさまじい。それに伴い、発信能力も図抜けている。
だから、無意識下で彼・彼女らが発信している何かを受信してる気がする。
肉体を持つ人間ならいいが、これが肉体を持たない、霊魂みたいな存在が苦しさや悲しさを全力発信してきた日にはもう。乾いた笑いしか出ない。
あと、身体の流れが乱れるほどの感情をぶつけられた側からすれば、しばらく動けない状態になるのは必然である。これは、本当にきついのだ。
私は光の刺激や音の刺激を身体が受け付けなくなり、外に出歩けなくなった。おとなしく家で寝ているしかない状態になり、動けるのが夜だけとなった時期が一定期間あった。
現在、ちゃんと回復して、もう少しお金欲しいなと思いながらも、仕事をしながら生きてるのだから、私は案外図太いのかもしれない。
正直、京都に住んでいなかったら危なかったと思う。京都の歴史は古く、電車で行ける距離に貴船神社や東寺、蚕の社などがなければ、おそらくこの世に存在すらしていられなかった。
悪鬼魑魅魍魎・・・いわゆる「魔」を引き寄せる存在として、始末されていた。
そういったところで、神々は容赦しない。
愛すべき存在として慈しみはするが、他の命が危険に晒される事態をみすみす見逃すほど甘くはない。乗り越えられるという信頼がなければ、託さない課題とも思うが。
まぁ、結果的に乗り越えてるので神々の選択は正しかったのだろう。容赦もないが。
やらなければ最悪の事態に陥る。
自分の命が懸かると、人は動く以外の選択肢は選べない。動かなければ死ぬからだ。
だから、動く。私からすれば、動かないという選択肢は命がかかってないから選べる選択肢だと思う。働かないもきっとそう。その選択肢を選んでも死なないから選べる。
まぁ、命懸けの選択肢など人生で何回も味わいたいとは思わないが。
おもしろ楽しく幸せに。気楽気楽に生きる。
私の人生の目的である。物事の受け止め方を変えて、見方を変えれば、人生は豊かであるし、起きた事柄をおもしろがれたら、幸せだ。
あと、うちのハムスターが可愛い。宇宙一可愛い。もふもふは最高だ。
うちのハムちゃんのためにも、無理せず休みながらも、しっかり稼ぎたい今日この頃である。
この辺りで今日は筆を置こう。
続きはまた明日。




