↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒くさがりの飲食店店員(女)の日常  作者: 美月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/153

書くこと、こんなにたくさんあったかな?

 朝。睡眠不足の頭を抱えながら目が覚めた。

昨日の夜中、雷鳴と雷光がすごくて寝つきにくかったのだ。

 なぜか、ここ最近寝つきにくい日々が続いている。飼っているハムスターも昨夜は様子が落ち着かなかった。

(まぁ、寝つきが悪いのは糖分のとりすぎもあるんだろうなぁ)

 最近、糖分を摂りすぎている自覚がある。あと、スマホの使用時間が多い。

 なぜなら、最近小説にはまっているからだ。

(意外と仕事に活かせそうな情報もあるし。読んでて楽しいなぁ、これ)

 最近読み始めた小説で、こんな主人公いるか?と思われそうなぐらい、三十半ばほどの、できた主人公がいるが。

 私は知っている。そんな主人公みたいな人が本当にいることを。

(本当に世の中広くて。年はもっと上だったりするんだけど。一人だけこの主人公に当てはまるかもって人が浮かぶんだよね)

 さまざまな人を見てきた。その中で、自分が気に入らなければ、謝罪もせずに誰かに対して嫌な態度を取る人もいた。

 できた人間、というが。上に立ち続けるには、必ず周囲に感謝して、部下の仕事のミスも自らが責任を取る覚悟がいる。

 だからこその人助けなのだ。困った時はお互い様と助ける。

 だが、気をつけなければならないのは恩を仇で返す人間も、世の中山ほどいるということだ。

 見返りを求めるのではなく、自分が率先してやり、全体の仕事がスムーズにいくように調整する。そこで労力を惜しむのであれば、そもそも上に立つ資格さえない。

 上の役職になることは実力がある程度備わっていることと周囲の人間との関係性が重要になる。

 嫌われまくっている人間の言うことを聞く人は誰もいないからだ。

 もちろん、気が合う・合わないもある。

 相手とコミュニケーションの齟齬で不和になることもある。言い方にも気をつけなければならないと、何度も経験もしている。

 そんなことを文章にまとめながら、私は電車に乗って、病院に向かっていた。

 向かっていたのだが。

 京都行きの電車が遅延していた。さらに、京都駅に着いたら、今度は亀岡方面の電車の時刻案内が「調整中」と出ている。

 駅員さんに聞こうと出向いたら、前のお客さんが駅員さんにいろいろと聞いている。

 どうやら亀岡方面行きの再開は11時の見込みだそうだ。

(あ、これは今日の診察は無理だわ)

 病院受診は定期的に行っているのだが。

 電車が再開しても、病院に着くのが早くて12:30頃。いくら、電車が遅延しているからといって、さすがに12:30以降に診察をねじ込むのは、病院の先生に悪いと思ってしまう。

 あと、亀岡から先の駅はとにかく本数が少ない。その少ない本数がさらに遅延の影響で遅くなるのだとしたら。

 予想だけでげっそりしてしまう。9月に行くことにしよう。

 さて、そうなると京都駅から帰る方向に行かなければならないのだが。

 ここまで来たのであれば、せっかくなので伏見稲荷大社にお参りに行くことにした。

 京都駅から、普通の奈良行きに乗車し、稲荷駅で下車。

 駅から歩けば、すぐに伏見稲荷大社の大鳥居が見える。

(相変わらず、大きい)

 さくさくとお参りを済ませていく。

 千本鳥居をくぐりながら、息が深くなることを自覚した。

(異界だね、やっぱりここは)

 本当に不思議な鳥居だ。名物としているが、本来神社の鳥居の役目とは、「境界線」。

 ここから先は、人の世界ではなく、神様が住む世界だという「境界線」を示すために建てられている。その「境界線」がいくつも連なる。

 あるいはこれは。

 「産道」をさらに模しているのではないだろうか。

(そっかぁ。それなら、人種問わずに人気スポットになるのもわかる)

 神社とは、本来の自分に戻る場所。すなわち人の世でついた穢れを祓い清めて、純真で純粋な自分に戻るためにある場所でもある。

 ちなみに、ここから先はたまたまみた、動画の知識だ。

 「参道」は「産道」。すなわち自分が生まれてきた順序を逆に辿るのである。

 本来の自分に戻るために、穢れを祓い清めなければならないので、手水舎や祓戸大神たちに手を合わせ、心身の穢れを祓い清めてもらう。

 そこから、神社の拝殿で拝むのだ。

 拝む前に、鈴と鈴を括り付けた紐を引っ張り、音を鳴らす。

 これも、祓い清めであり鈴の音は魔を祓うとされ、神様が好む音とされている。

 また、鈴を括り付けた紐には「鈴緒(すずお)」という名前がついており、神様と私たちのご縁を結ぶという意味でこの名前がついているそうだ。

 人智を超えた存在。神々の世。人の世界。

 だが、たとえ神々の世とて、生も死もある。

 なぜ、とか。疑問を浮かべる前にそこにあるものをただ、感じればいいだけなのかもしれない。

 さて。今日はたくさん書いた気がする。

 つづきは、また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。