3話 煙のお化け
「……お、また。」
リーチ目。
7を狙う。
揃う。
美しい。
「またかよ?」
渾身のドヤ顔である。
ユウトが、横でちょっとイラってした。
「鬱陶しい顔だな、それ。」
「うるさいよ。」
払い出されるメダルを、ぼんやり眺める。
悪くない。
むしろ、いい。
「……毎日こうならいいのに。」
立ち上がる。
「どこ行くの?」
「決まってるだろ。」
ポケットからタバコを取り出す。
「勝利の一服だよ。」
「言うねえ。」
休憩スペース。
いつもの端のベンチ。
火をつける。
吸う。
「……うまい。」
煙が、ゆっくりと上にのぼっていく。
そのときだった。
「……違うだろ。」
「あ?」
横を見る。
知らないおっさんだ。
四十代くらい。
ジャージ姿で、どこにでもいそうな顔。
透けてるのが頭皮だけだったらいいのに。
体全体がウスラーだ。
「あー……。」
「まただね。」
ユウトが笑う。
おっさんは、俺の手元を指差した。
「それ。」
「なにが。」
「その煙草だよ。」
「……ああ。」
一吸いする。
「それがどうした。」
おっさんは、眉間にしわを寄せた。
「違うだろ。」
「なにがだよ。」
「スロッカスが吸うタバコと言ったら——」
指をビシッと突きつけてくる。
「セブンスターだろうが!」
「うるさいよ。」
即答した。
「そういう安直なのが一番嫌いなんだよ。」
「なんだと!?」
「なんだもなにもねえだろ。」
煙を吐く。
「いや、でもな!」
おっさんは食い下がる。
「雰囲気ってもんがあるだろ!?」
「知らないよ。」
「朝から並んで!ジャグラー回して!当たって! 外で一服!」
「だからなんだよ。」
「そのときに吸うのがセブンスターなんだよ!」
「昭和かよ。」
俺も昭和だけど。
ユウトが、くすくす笑っている。
「で、お前はなんなんだよ。」
「……ああ。」
おっさんは、少しだけ視線を落とした。
「まあ、その……あれだ。」
「なんだよ。」
「吸えなかったんだよ。」
「は?」
「セブンスター。」
「いや、意味わかんねえけど。」
「最後に勝った日にな。」
ぽつりと、言う。
「禁煙しててさ。でも色々あってもういいかなって。で、景品で交換してさ。」
「……。」
「ポケットに入れて——そのまま帰る途中で、倒れてな。」
「……あー。」
「気づいたら、こうだ。」
自分の体を見下ろす。
「だからよ。」
もう一度、俺のタバコを見る。
「一本くらい、ちゃんと吸っときたかったなって。」
沈黙。
ユウトが、こっちを見る。
「どうする?」
「……今、勝ってるしな。」
「お?」
ユウトが笑う。
「ちょっと行ってくる。」
「どこに?」
「景品交換だよ。」
――
カウンター。
「全部交換でよろしいですか?」
「あー、煙草ひとつください。」
「どれになさいますか?」
ケースの中に並んだ箱。
その中から——
「セブンスター。」
店員が差し出す。
「……俺メンソールの方が好きなんだよな。」
外に出る。
ベンチに座る。
箱を開ける。
一本取り出す。
火をつける。
「ほら。」
煙を吐く。
「これでいいだろ。」
「いや——。」
おっさんは、少しだけ困った顔をした。
「俺が吸いたいんだけど。」
「無理だろ。」
「だよなあ。」
少しだけ、笑う。
煙が、ゆらゆらと揺れる。
おっさんは、それをじっと見つめていた。
「……懐かしいな。」
「覚えてんのか。」
「なんとなくな。」
「適当だな。」
「適当だなあ。」
ハモんな。
ユウトが笑う。
おっさんも、つられて笑った。
「……まあ、いいか。」
肩の力が抜ける。
「こういうもんだった気がする。」
「どういうもんだよ。」
「勝って、外で、だらだら吸う。」
「だいたい合ってるな。」
「だろ。」
煙が、空に溶けていく。
「……満足か。」
「ああ。」
おっさんは、ゆっくりと頷いた。
「なんか、区切りついたわ。」
その体が、少しずつ透けていく。
「ありがとうな。」
「別に。」
「最後に、いい日だった気がする。」
「そうか。」
「じゃあな。」
「ああ。」
風が、少しだけ吹いた。
次の瞬間、おっさんの姿は消えていた。
「……行ったか。」
「行ったね。」
ユウトが、隣で伸びをする。
「なんか、今回いい話っぽくない?」
「気のせいだろ。」
「そうかなあ。」
タバコを見る。
まだ、少し残っている。
「……線香代わりだ。」
「詩人だねぇ。」
「文句あんのか。」
「ないけどさ。」
もう一吸いする。
煙が、ゆっくりと上にのぼる。
「……まあ。」
灰を落とす。
「悪くないな、これも。」
「でしょ?」
「煙草の話な。」
立ち上がる。
「戻るぞ。」
「はいはい。」
ホールに戻る。
席に座る。
レバーを叩く。
リールが回転する。
止まる。
「……。」
「どう?」
「万枚は無理だな。」
「だろうね。」
もう一度、レバーを叩く。
ほんの少しだけ。
まだツイてる気がした。




