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2話 財布なくしたお化け

「駅前のスーパーでね……ずいぶん前なんだけどさ。」


婆さんは、少しだけ言いにくそうに言った。


「どれくらい前だよ。」


「半年くらい、かなあ。」


「……は?」


思わず顔をしかめる。


「無理だろ。」


「無理だね。」


ハモんな。


「でもねえ、どうしても気になってて。」


「半年も前の落とし物なんか、残ってるわけないだろ。」


「そうだよねえ。」


それでも婆さんは、申し訳なさそうに笑った。


レバーを叩く。外れる。


「……、ええい、くそ!」


「行くの?」


「当たらないしな。暇つぶしだよ。」


席を立つ。

ユウトが、にやにやしながらついてくる。


「優しいねえ。」


「徳、積んだら当たるかもしれないだろ?」



――



スーパーに着く。


「ここだよ。」


「で、どのへんだ。」


「たしか……外のほうだった気がするねえ。」


「外?」


店の裏手に回る。


自販機が並んでいて、その奥にちょっとした隙間がある。


「いやいや、まさかそんなところに。」


「何ぶつくさ言ってんの。」


しゃがみこんで、覗き込む。


……何かある。


「ん?」


手を伸ばして、引っ張り出す。


緑色の財布。

ボロボロですごいことになってるけど。


「……まじかよ。」


「それ、それだよ!」


婆さんが、ぱっと声を上げた。


「ずいぶんとボロボロだな。」


「時間経ってるからねえ。」


軽く叩くと、砂みたいなのが落ちた。


「中、開けておくれ。」


「いいのか。」


開く。

中には、カードと、小銭と——

学生証。


「……ん?」


写真を見る。

若い。 どう見ても、婆さんじゃない。


「おい。」


「なんだい。」


「これ、あんたのじゃなくね?」


婆さんは、少しだけ目を細めた。


「ああ。」


あっさり頷く。


「それ、孫のだよ。」


「は?」


思わず変な声が出た。


「いやあ、あの子がね、落としちゃったって落ち込んでてねえ。」


婆さんは、どこか懐かしそうに笑う。


「だから探してたんだけど、……探してる途中で車に轢かれちゃってさ。こんなのになっちゃった。」


「……未練強すぎだろ。」


「だろ?」


ユウトが笑う。


「で、どうすんの。」


「どうすんのって。」


財布を閉じる。



「返すしかないだろ。」



――



少し歩いた先のマンション。


「ここだよ。」


婆さんが指さす。

階段を上がる。 二階の角部屋。


インターホンを押す。


「……はい。」


若い声。

ドアが開く。

出てきたのは、大学生くらいの女の子だった。


「どちら様で……。」


「あー。これ、落とさなかったか?」


財布を差し出す。


女の子は、怪訝そうにそれを見て、固まった。


「……え?」


震える手で受け取る。

開く。

中を見る。


「……これ……。」


顔が、みるみるうちに変わる。


「なんで……これ……。」


「スーパーの裏で見つけた。」


「でも、これ……。」


女の子は、目を伏せた。


「半年前に、なくしたやつで……。」


「だろうな。」


「もう、見つからないと思ってて……。」


ぽろっと、涙が落ちた。


「よかった……。」


その声は、小さかった。


「それ、ばあちゃんが探してたんだよ。」


思わず、口に出していた。


「え……?」


顔を上げる。


「ずっと気にしてたみたいだぞ。」


「……おばあちゃん……?」


女の子の目が、揺れる。


「半年前に、亡くなって……。」


「……ああ。」


「これ……おばあちゃんが……。」


財布を抱きしめる。


「……ありがとう、ございます。」


視線を逸らす。


「たまたまだ。」


「それでも……本当に……。」


深く頭を下げられる。

居心地が悪い。


「じゃあな。」


手をひらひらさせて、その場を離れる。

階段を降りて外に出る。


振り返ると——

婆さんが、そこにいた。


「よかったよ。」


穏やかな顔だった。


「……ああ。」


「ちゃんと、返せたねえ。」


「まあな。」


婆さんは、少しだけ空を見上げた。


「これで、安心だよ。」


その体が、少しずつ透けていく。


「あの財布はね、孫が高校生になった時に私があげたものなんだ。私のせいであの子が泣いてるのが忍びなくてねぇ。」


「……あぁ。」


婆さんは、くすっと笑った。

その顔は満足気だった。


「ありがとうねぇ。」


「……じゃあな。」


風が、少しだけ吹いた。

次の瞬間、婆さんの姿は消えていた。


「……行ったか。」


「行ったね。」


ユウトが、ぽつりと言う。


「なんか、いい感じじゃん。」


「そうか?」


「うん。ちょっとだけだけど。」


「……そうかもな。」


ポケットに手を突っ込む。

100円ライターを指で弾く。

いつもの感触がした。


「で、戻るの?」


「当たり前だろ。」


「ブレないねえ。」


「うるさいよ。」


――


店に戻る。

席に座る。

レバーを叩く。

リールが回転する。

止まる。


「……。」


「お?」


ユウトが覗き込む。


「なんか、いつもと違くね?」


「気のせいだろ。」


でも——


「……まあ。」


もう一度、レバーを叩く。

ほんの少しだけ。


ツイてる気がした。


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