1話 煙のお化け
初連載です。よろしくお願いします。
完結まで毎日投稿中です。
18時です。
「……違うだろ。」
ジャージ姿の知らないおっさんが立っていた。
透けてる。
「スロッカスが吸うタバコは——セブンスターだろうが。」
「うるさいよ。」
煙草に火をつける。
――今日も、面倒くさいのに絡まれている。
ーーーーーーー
朝。
通い慣れたホール。
いつもの匂い。
いつものBGM。
お気に入りの台。
派手に負けない、けど派手に勝てないやつ。
「おじさん、どうよ。万枚出そうかい?」
“上”から声がする。
視線を送ると半透明な見慣れた顔。
ユウトと名乗るこの幽霊に付きまとわれている。
いや、憑きまとわれている。
「そんな簡単に出るかよ。」
レバーオン。
リールが回転する。
止める。
外れる。
「目押しちょっとはやいよ。」
「うるさいよ。」
出会いは数週間前。
いや、それ以前から認識はしてたけど。
こういう類いの奴は認識されてるってわかるとうるさいから放置してた。
何かよくわからんけど、コイツは俺に万枚を出してほしいらしい。
好きに打たせろ。
レバーオン。
リールが回転する。
止める。
ーーーー当たり。
「お。」
「お。」
ハモんな。
リーチ目。
7を狙う。
揃う。
美しい。
「当たったじゃん。」
ボーナスを消化する。
悪くない。
むしろ、いい。
立ち上がる。
「どこ行くの?」
「決まってるだろ。」
ポケットからタバコを取り出す。
「勝利の一服だよ。」
「言うねえ。」
休憩スペース。
いつもの端のベンチ。
火をつける。
吸う。
「……うまい。」
煙が、ゆっくりと上にのぼっていく。
そのときだった。
「……違うだろ。」
「あ?」
横を見る。
知らないおっさんだ。
四十代くらい。
ジャージ姿で、どこにでもいそうな顔。
透けてるのが頭皮だけだったらいいのに。
体全体がウスラーだ。
「あー……。」
「まただね。」
ユウトが笑う。
おっさんは、俺の手元を指差した。
「それ。」
「なにが。」
「その煙草だよ。」
「……ああ。」
一吸いする。
「それがどうした。」
おっさんは、眉間にしわを寄せた。
「違うだろ。」
「なにがだよ。」
「スロッカスが吸うタバコと言ったら——」
指をビシッと突きつけてくる。
「セブンスターだろうが!」
「うるさいよ。」
即答した。
「そういう安直なのが一番嫌いなんだよ。」
「なんだと!?」
「なんだもなにもねえだろ。」
煙を吐く。
「いや、でもな!」
おっさんは食い下がる。
「雰囲気ってもんがあるだろ!?」
「知らないよ。」
「朝から並んで!あのピエロ回して!当たって! 外で一服!」
「だからなんだよ。」
「そのときに吸うのがセブンスターなんだよ!」
「昭和かよ。」
俺も昭和だけど。
ユウトが、くすくす笑っている。
「で、お前はなんなんだよ。」
「……ああ。」
おっさんは、少しだけ視線を落とした。
「まあ、その……あれだ。」
「なんだよ。」
「吸えなかったんだよ。」
「は?」
「セブンスター。」
「いや、意味わかんねえけど。」
「最後に勝った日にな。」
ぽつりと、言う。
「禁煙しててさ。でも色々あってもういいかなって。で、景品で交換してさ。」
「……。」
「ポケットに入れて——そのまま帰る途中で、倒れてな。」
「……あー。」
「気づいたら、こうだ。」
自分の体を見下ろす。
「だからよ。」
もう一度、俺のタバコを見る。
「一本くらい、ちゃんと吸っときたかったなって。」
沈黙。
ユウトが、こっちを見る。
「どうする?」
「……今、勝ってるしな。」
「お?」
ユウトが笑う。
「ちょっと行ってくる。」
「どこに?」
「景品交換だよ。」
――
カウンター。
「全部交換でよろしいですか?」
「あー、煙草ください。」
「どれになさいますか?」
ケースの中に並んだ箱。
その中から——
「セブンスター。」
店員が差し出す。
「……俺メンソールなんだよな。」
外に出る。
ベンチに座る。
箱を開ける。
一本取り出す。
火をつける。
「ほら。」
煙を吐く。
おっさんに向けて。
これで成仏しないかな。
線香代わりってことで。
「これでいいだろ。」
「いや——。」
おっさんは、少しだけ困った顔をした。
「俺が吸いたいんだけど。」
「無理だろ。」
「だよなあ。」
少しだけ、笑う。
煙が、ゆらゆらと揺れる。
おっさんは、それをじっと見つめていた。
「……懐かしいな。」
「覚えてんのか。」
「なんとなくな。」
「適当だな。」
「適当だなあ。」
ハモんな。
ユウトが笑う。
おっさんも、つられて笑った。
「……まあ、いいか。」
肩の力が抜ける。
「こういうもんだった気がする。」
「どういうもんだよ。」
「勝って、外で、だらだら吸う。」
「だいたい合ってるな。」
「だろ。」
煙が、空に溶けていく。
「……満足か。」
「ああ。」
おっさんは、ゆっくりと頷いた。
「なんか、区切りついたわ。」
その体が、少しずつ透けていく。
「ありがとうな。」
「別に。」
「最後に、いい日だった気がする。」
「そうか。」
「じゃあな。」
「ああ。」
風が、少しだけ吹いた。
次の瞬間、おっさんの姿は消えていた。
「……行ったか。」
「行ったね。」
ユウトが、隣で伸びをする。
「なんか、今回いい話っぽくない?」
「気のせいだろ。」
「そうかなあ。」
タバコを見る。
まだ、少し残っている。
もう一吸いする。
煙が、ゆっくりと上にのぼる。
「……まあ。」
灰を落とす。
「悪くないな、これも。」
「幽霊助け?」
「メンソールじゃない煙草の話な。」
立ち上がる。
「戻るか。」
「はいはい。」
ホールに戻る。
席に座る。
レバーを叩く。
リールが回転する。
止まる。
「……。」
「どう?」
「万枚は無理だな。」
「だろうね。」
もう一度、レバーを叩く。
ほんの少しだけ。
ツイてる気がした。




