10話 端玉お化け
「……。雨、か。」
にわか雨ではなくどしゃ降りの雨。 こんな日にまでスロットを打ちに行くほど俺は酔狂ではない。
「優雅に二度寝でも決め込むかな。」
手元でスマホが震える。 液晶に映るのは元取引先の名前。 すごくよくしてくれた人だ。
「……。もしもし。」
「おーー、久しぶり。元気にしてたか。」
「あぁ、はい。それなりに。」
「はは、相変わらず愛想のないやつだな。聞いたよ、前の会社辞めたんだって?よかったらうちで働かないか?」
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「で?おじさん。どうすんの?働くの?」
「……。」
レバーオン。
リールが回転する。
止める。
「どっちでもいいけどさー、万枚は出してよね。」
「うるさいよ。」
レバーオン。
リールが回転する。
止める。
当たり。
「お。」
「お。」
ハモんな。
なんかスロットの調子、最近いいな。
前までは微負けが続いてたのに。
最近勝ち越してねぇか?これ。
「……。煙草でも吸いに行くか。」
席を立ち、喫煙所へ向かう。
先日までの雨はすっかりやんでいた。
火をつける。
一口吸う。
「……。」
「で?」
「なんだよ。」
「働くの。」
「しつこいな。」
煙を吐く。
「別に、どっちでもいいだろ。」
「よくないよ。」
「なんでだよ。」
「働かないとお金減るじゃん。」
「減るな。」
「じゃあ働くじゃん。」
「そうでもない。」
「なんで?」
「めんどくさい。」
「理由が弱い。」
「強いだろ。」
もう一口。
「……いい人なんでしょ?」
「まあな。」
「じゃあやればいいじゃん。」
「そうかもな。」
「じゃあやるの?」
「いや。」
「なんでだよ。」
「めんどくさい。」
「ループしてる。」
「そうだな。」
煙が上にのぼっていく。
「……断るのも、めんどくさい。」
「あー。」
「連絡返さないのも、めんどくさい。」
「あー。」
「会うのもめんどくさいし、会わないのもめんどくさい。」
「詰んでるじゃん。」
「そうだな。」
少しだけ間。
「……じゃあさ。」
「なんだよ。」
「何もしなければ?」
「してるだろ。今。」
「いや、そうじゃなくて。」
少しだけ考える気配。
「仕事のこと。」
「あー。」
「決めない。」
「もうやってる。」
「じゃあそれでいいじゃん。」
「いいのか?」
「いいんじゃない?」
「責任とかは。」
「知らない。」
「だよな。」
煙草が短くなる。
「……でもさ。」
「なんだよ。」
「たぶん、また電話くるよ。」
「来るだろうな。」
「どうすんの?」
「出る。」
「出るんだ。」
「出ないのもめんどくさい。」
「またループしてる。」
「してるな。」
少しだけ笑う。
「……でさ。」
「なんだよ。」
「もしやることになったらさ。」
「おう。」
「スロット打てなくなるじゃん。」
「それは困るな。」
「だよね。」
「まあ、仕事中に考えればいいか。」
「何を。」
「期待値。」
「怒られるよ。」
「怒らせとけ。」
「ひどい。」
「そうか?」
「うん。」
煙草を消す。
「……まあ。」
「おう。」
「やりたくなったらやる。」
「出た。」
「やりたくなかったらやらない。」
「シンプル。」
「シンプルだろ。」
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「今日はもう帰るかな。」
「まだ夕方だよ?」
「何か気が乗らない。」
「そっか。」
こいつ幽霊の癖に表情が豊か過ぎるんだよな。
「また明日来るよね?」
「気が乗ればなー。」
手をヒラヒラさせて駐輪場に向かう。
愛車に跨がって家を向かう途中、泣いてる子供を見つけた。
「……。」
こんな時間に、一人。
自転車を少しだけ減速する。
別に、関わる理由はない。
そのまま通り過ぎてもいい。
「……。」
通り過ぎる。
少しだけ進んで、止まる。
「……。」
そんな気分じゃないんだけどな。
引き返す。
「……迷子か?」
声をかける。
子供は顔を上げる。
小学生くらい。
「……違う。」
「どうしたよ。」
「チョコレート食べたい。」
「ちょこ?」
ポケットをまさぐる。
あった。
端玉でもらったチョコ。
「……これやるよ。」
「え?」
「いらないか?」
「……いる!」
放り投げてやると、
チョコは子供をすり抜ける。
「あ。」
「おじさん!」
満面の笑み。
「ありがとう!」
少しだけ風が吹いて、子供は消えた。
なんとなくスマホを開くと、着信あり。
液晶には恩人の名前。
通話ボタンを押す。
「もしもし。はい、この間の件ですが。」




