1話 万枚お化け
連載初です。
20話までは毎日2話更新予定です。
18:00と21:00。よろしくお願いします。
煙草に火をつける。
今日は人が少ない。
平日だし、こんなもんかと思う。
「今日こそ万枚な。」
後ろから声がした。
「うるさいよ。いつも言ってるだろ。」
「だって出してくれねえと、俺ずっとこうなんだけど。」
「知らないよ。」
振り返るまでもない。
どうせ、あいつだ。
やれやれと思いもう1本と思ったが、やめた。
一日一箱。
そう決めているから。
守れたためしは、あまりないけど。
「なあ、今日はいける気するわ。」
「お前の“いける”は信用ならない。」
「いやマジで。朝からツイてる感じする。」
「あー憑いてるね、まじで。」
前のサラリーマンが、ちらっとこっちを見た。
そりゃそうだ。一人で喋ってるように見えるだろう。
まあ、どうでもいい。
――開店。
人の流れに乗って店内に入る。
BGMは聞いたことのあるようなないような。
お気に入りの台に座る。
コイツの良いところは派手に負けないところだ。
その代わり派手に勝つこともまあ、難しいけど。
腰を下ろして、財布から千円札を抜く。
今日の投資がこれで済むこと祈って。
横を見ると、ユウトがもう座っていた。
椅子にじゃない。椅子の“上に”。
「早くね?」
「そりゃ俺、並ばなくていいし。」
「ずるいな。」
「だろ?」
顔色は相変わらず悪い。というか、透けてる。
ガキの頃見たときは驚いたが、今はもう慣れた。
慣れたくはなかったけど。
「またそれ座ってんの?」
「派手に負けないからな。」
「夢ねえなあ。」
「うるさいよ。」
千円札をサンドに入れて、レバーを叩く。
リールが回転する。
「なあ、俺さ。」
ユウトが、少しだけ真面目な声を出した。
「万枚出したかったんだよね。」
「またそれか。」
「いや、マジで。死ぬ前にさ、一回でいいから見てみたくて。」
「だからなんで俺なんだよ。」
「俺のこと見えてんじゃん!」
「……。」
席を立つ。
喫煙所に向かう。
ユウトも付いてきた。
煙草を取り出して火をつける。
一口吸って、ゆっくり吐く。
灰色の煙が、ユウトの顔をすり抜けた。
「なあ。」
「なんだよ。」
「おじさんさ、なんで仕事辞めたん?」
煙草を苦く感じた。
「……関係ねえだろ。」
「いや、気になるじゃん。毎日ここいるし。」
「ほっとけ。」
「なんかあったんだろ?」
「ない。」
「嘘つけよ。」
しつこい。
煙を吐く。
何も答えない。
しばらくして、ユウトは肩をすくめた。
「まあいいけどさ。」
「だろ?」
「でもさ」
にやっと笑う。
「そのままだと、一生このままだぞ。」
「……うるせえよ。」
席に戻ってレバーを叩く。
今度は揃った。
どうでもいい図柄が。
音だけがやけに響く。
別に、変わりたいわけじゃない。
ただ――
「なあ、今日あいつ来てるぞ。」
ユウトが、入口の方を顎でしゃくった。
「誰だよ。」
「あのババア。ほら、たまに話しかけてくるやつ。」
視線を向ける。
いた。
見覚えのある婆さんが、ゆっくりと店内を歩いている。
他の客には見えていない。
ぶつかりそうになっても、誰も気づかない。
「……帰れよ。」
「無理だって。」
「お前も、あいつも。」
「いや、俺はいいじゃん。もう慣れてるだろ?」
「そういう問題じゃないんだよ。」
そんなやりとりをしていると、
婆さんは、まっすぐこっちに向かってきていた。
何でこっち来るかな。
「おじさん。」
ユウトが、楽しそうに笑う。
「今日、当たり日かもなー。」
「まだ当たってねぇんだけど?」
「幽霊の当たり日だっていってんの。」
「誰得のイベントなん、それ。」
婆さんが、隣に立った。
顔を上げる。
目が合った。
「あんた。」
しわがれた声だった。
「見えてるね?」
「ミエテナイヨ。」
「嘘だね。」
即バレるの、やめてほしい。
「お願いがあるんだよ。」
「嫌だ。」
「聞くだけでも。」
「嫌だ。」
「そういうこと言わないでさ。」
婆さんは、勝手に話し始めた。
こういう連中は、だいたいそうだ。
こっちの都合なんて関係ない。
「財布をね、落としちまってね。」
「警察行け。」
「行ったよ。でも見つからない。」
「知らん。」
「困ってるんだよ」
ため息が出る。
横でユウトが、にやにやしている。
「ほら、来たじゃん。」
「お前呼んだろ?」
「違うって。俺は関係ない。」
「あるだろ。」
「ないない。」
レバーを叩く。
回る。外れる。
何も変わらない。
……変わらないはずなのに。
「ねえ、お願いだよ。」
婆さんが、じっとこっちを見ている。
その目は、やけに必死だった。
知らない。
関わりたくない。
でも――
「……どこで落とした。」
口が勝手に動いた。
ユウトが、ぱっと顔を明るくする。
「お、やるじゃん。」
「うるさいよ。」
婆さんは、ほっとしたように笑った。
「駅前のスーパーでね」
「面倒くさいな……。」
椅子にもたれかかって、天井を見る。
まだ当たってねぇんだけどなぁ。
……本当に、面倒くさい。
どうせ今日も、やることはない。
はずだったんだけどなぁ。




