拾陸:老臣の独白
――前略――
『太公史誌』の信ぴょう性については、先人の研究からも甚だ疑問視されていた。
その一つが、瑞以前にあたる神代の歴史だ。
瑞以前の記述が架空であろうと、なかろうと、まずはこの話は作者が作り上げた虚構なのか、それともどこから引用されたものなのかがわからない。
そして二つ目は、制作時期が逸代末期から淳創世期であることから、淳建国の正当性が際立つように、逸代の暴政が他の時代より大袈裟に書かれている可能性である。
例えば、逸の焚書について『太公史誌』では全国的に書物を焼却させたと言われているが、実際は首都の、それも政府内のみと言う限られた場所での焚書であったことは、近年の研究で定説になりつつある。
淳王朝では現存する書物が『太公史誌』以外ないので、何を書いても歴史として語り継げる。
『太公史誌』には、歴史書以外の側面として、淳が如何に正当性を持って建国されたかを記すために作られた面があると言えるだろう。
そして、それを鑑みると、前寛の「理想的王朝」の示唆も誇張して残すことも可能だ。
特に、前寛は出土する文物が他の時代より極めて少なく、歴史として確実性が持てない部分が多い。作者の意図付けに利用するにはうってつけの材料と言える。
上記のように、未だ『太公史誌』の信ぴょう性については疑うべく点が多い中、今回は『太公史誌』の記す、前寛の系譜について、先日発見された青銅器群に焦点を当てて紐解こうと思う。
――中略――
今日に至るまで、前寛の作と思われる青銅器は数点発見されているが、王の名を刻んだ銘文は数少ない。
青銅器を賜った本人が、仕える王の諡を刻むことは無いため、過去を刻んだ青銅器にしか王の名前は出てこない。
寛王の名前が刻まれた青銅器の中で、特に希少性が高いのが、
歴史的事象として克康――康を寛が滅ぼした日付を刻んだ利器。
同じく克康を刻んだ文王・武王を祀る銘文を持つ何尊。
そして今回発見された、「微氏青銅器群」である。
この青銅器は前寛の都があった豊邑(現在の長安)付近の畑で発見された。落盤した地面から、一〇三器の青銅器がほぼ当時のまま発見され、そのうち七十四器に銘文があった。
――中略――
つまり、自らの一族が何代にも渡って王に仕えていたことをこの青銅器は刻んでいたのだ。
以後この青銅器の呼称は、今までの例に倣い、受け賜わった人物の名前をとり、「史祥盤」とする。
この「史祥盤」の銘文によって、文王・武王・成王・康王・昭王・穆王の六代が『太公史誌』の記載通りに即位していたことに確信を得ることが出来た。
――後略――
以上、李梓 著『微氏青銅器群から見る『太公史誌』の真実性についての一考察』より一部抜粋。
とある屋敷の広間にて、老臣を中年の男が宥めていた。
思い切り床へ叩きつけた書物がけたたましい音を立てる。二人しか部屋にはいないが、隣室に誰かが居れば間違いなく聞こえていただろう。
「長官、あまり大きな音を立てられると他の者に気付かれます」
中年の男、もとい國維は老臣――王氏の肩に手を添える。
大きく息を吐くと、王氏は整えられた白髭を撫でつけ、幾分か落ち着きを取り戻した。
「恥をかかせおって……」
拾い上げた書物に悪態をつき、國維に押し付けた。
穏やかな笑みで臣下を諫めていた姿からは想像もできない一面が垣間見える。
「あの時、殿下の心を掴んだと思ったが」
「はい。わたくしもそう感じました」
あの時、とは王氏が英慶宮に出向き、自らの書物を渡した日のことである。
央晧が興味深そうに文字を追い続けていたのを見て、王氏は手ごたえがあると感じていた。
実際、央晧も『前寛抹殺論』について、楊武から軽い説明を受けていなければ、もっと食いついていただろう。
しかし、現実はあの考察が敬愛すべき孫師父らの仮説であると気付き、央晧は王氏への警戒を更に強める結果となった。
「あの孫太子太傅が考えていた完璧な説を、ああ易々とひっくり返してくるとは」
やはり苛立ちを隠せないのか、王氏は椅子に腰かけると肘置きを指で叩く。
十数日で仕上げてきたとは思えない情報量の書誌に、感心はあるものの、それ以上の憎たらしさがそこにあった。
「殿下は間違いなく王の器をお持ちだ。額を擦り付けただけの価値はある」
王氏は保身のためなら最高位の礼節を持って礼をなすことすら厭わない人間であるが、先日の央晧からの応答には少なからず感服していた。
皇太子としての立場をわきまえ、言動への責任を持つことができる幼子。あれだけ自我を発言できるようであれば、今後他に男子が生まれようとも皇太子の地位を保持できるであろう。
例え、文武官がいくら他を太子に推挙したところで、自分で処理を出来るはずだ。今からで皇太子としてまつり上げておけば、即位後の昇格を確約させる道具として役立つには最適だと、王氏は考えていた。
即位後、もし思惑通りに動かなければ、その時は若い間に始末できる。王氏にとって、皇太子・朱 央晧と言う人間は、その程度の駒としか映っていない。
「そのためには空席となった太子太傅の地位を確保。そして礼部として管轄下に置きたい国史編纂……」
王氏は途中で言い淀むと、奥歯を鳴らした。
「やはり邪魔だな」
先日、ようやく早朝の謁見に出席したという、李梓を思い浮かべた。
科挙試験に受かった平民でもなく、皇太子自らが選出して引き抜いたという市井の学者。不健康そうな隈を下瞼にこさえ、重ね着でもわかる線の細さと猫背がなんともみすぼらしかった。
出自も学者としても、調べ上げたが特段秀でたところもない。
偶然が重なり、今回のような発見があっただけで、本来の実力ではない。央晧が李梓を買いかぶりすぎている王氏は思っていた。
実際は金文を一日で読み切るなど、常人ではありえない知識量を発揮しているのだが、あくまで学者ではなく官人である王氏にはその異常性を気づくことが出来なかった。
「……あんな小汚い童が殿下の側近で許されるはずがないわ」
王氏は鼻で笑うと、國維を椅子の側まで呼びつけた。
「わかっているな、維」
「御意」
椅子の前で膝をつき、國維は拱手すると、何も言わず部屋を去った。
「……国史編纂も皇太子府も、私のものだ」
王氏の耳に、蔑む声が聞こえた気がした。
また、あの幻聴か。
老臣は大きな音を立てて舌打ちをすると、おのれが今まで受けた仕打ちを思い出した。
憎しみのこもった目が、揺らいだ燭台の火を受けてぎらりと光った。




