拾伍:とある武官たちの会話
武官・楊毅がいつものように早朝の謁見に向かうと、正殿がどよめいていた。
ある一点を見て小声で話す文武官の姿に、楊毅は首をかしげた。
「なんでもずっと謁見をすっぽかしていた皇太子の付き人が顔を見せたらしい」
官人たちの様子を訝しそうに見ていた楊毅の隣に、いつの間にか同僚の董鶚が並び立つ。
「あー、幻の中庶子とか言われてた」
「それそれ」
興味の無さそうに後頭部を掻く楊毅とは反対に、彼の同僚は興味津々と言わんばかりにつま先立ちで皇太子府の様子を伺っていた。
「見えんのか?」
「いんや」
そう答えてはいるものの、董鶚が皇太子たちから目をそらすことはなかった。
「あの鄭 博文の隣にひょろっこいのが増えてるなってぐらいだな」
と、言うことは皇太子のすぐそばにいるわけか。安易に楊毅も想像がついた。
皇太子府の鄭 博文が二十代にして皇太子府を取り仕切る逸材であることは、武官の中でも周知の事実だった。
同等の従五品やそれ以上の官品を持つ宦官や属官たちを差し置いて、博文の隣に居るとあれば、件の太子中庶子が皇太子に重宝されていると、武官でもわかる。
「猫背、と言うか萎縮してるように見えるな」
「確かに」
ひょいと顔をあげると、恵まれた体格の楊毅は背伸びをせずとも皇太子府の官人たちが見えた。確かに一人、随分と背を丸くした男が増えている。
「お! お前も興味持ったか?」
「いや、別にそこまで興味はねぇけど……」
董鶚を見下ろした楊毅は、また皇太子府へと目を向ける。細い体躯に、猫背気味の立ち姿。表情は見えないが遠くから見ても不健康そうだ。
年は自分と同年代だろうか……。そこまで考えると楊毅は目を細めた。
「弟も、もしかしたらあんななってたかもしれねえな」
楊毅の胸には、皇太子の教育係でもあった孫師父の下で才能を発揮していた在りし日の弟がよぎっていた。
いつも笑顔を絶やさない理想の上司とも呼ばれている彼が、深刻な表情をしていることは珍しい。せいぜい、執務で書類とにらみ合いをしている時ぐらいだろう。
しかし、董鶚は楊毅のしかめっ面に納得せざるを得なかった。
「孫太子太傅の後釜、らしいもんな」
「……ああ」
董鶚も楊毅の弟が孫師父の弟子として国史編纂に尽力を尽くしていたことは知っていた。故に董鶚も、少なからず心が痛んだ。
市井から皇太子自ら推薦し、新たに教育係の一人に選ばれたと言う男・李梓。
異例の大抜擢を受けた太子中庶子から視線を逸らすと、楊毅は口数少ないまま、武官が列を成す方へ足早に向かった。
自身の下手な野次馬心から、未だ癒えぬ傷をえぐってしまったと董鶚は申し訳ない気持ちになった。
物悲しい背中を見つめると、董鶚もすぐに楊毅を追って武官の列へと消えていった。




