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拾弐:孫師父の弟子として

 夜。楊武は自室で一人、机に向かっていた。


 ぼさぼさだった髪はすっかり元の艶を取り戻し、低い位置で一つにまとめられている。

 日中、泣きぼくろを隠していた粉も洗い落とし、身体も心も李梓から楊武へ戻っていた。


 先ほどまで床に散らばっていた原稿用紙を片付けており、集めた分厚い束が無造作に机の上に置かれている。

 朱で何度も訂正が入ったそれらを、楊武はただぼうっと眺めていた。


 神経をすり減らす思いで、楊武はこの数日間を乗り切った。

 先日発見されたばかりの青銅器の銘文を解読し、先人の研究から更に推測を行い、そして冊子として発行できるほどの文章量を十日ばかりでしたためる。

 かなりの短期決戦を要したが、楊武としても、一秒でも早く書局に提出をしたかった。


 『前寛抹殺論』の名前を聞いた時、楊武は初めて王氏との対立を望んだ。その仮説を解くのは、この世で一人だけだと思っているからだ。

 とは言え、師父らと共に立てた仮説に対し、反論をすることはとても気が滅入った。

 まるで師に真っ向から対立しているようで気が重く、何度も筆が止まりかけた。


「根本から崩す」


 普段、楊武は他人に対して敵意を見せることがほぼ無い。

 央晧に告げた時、相当腹が煮えたぎっていたのだと思う。ましてや盗作など、師父や師兄たちの死への冒涜ではないかと、黒い感情が蜷局を巻いていた。


 王氏にだけは、国史編纂を譲るわけにはいかない。


 あの時、楊武は決心した。

 左手に史料、右手に筆を持ち、ひたすら自身の思いをぶちまけた。



 ――もし、今。師父や師兄が此処に居たのならば。


 学舎から師父が帰宅するまでの間、一の師兄と論考を交わし、夜は師と師兄と三人であの銘文から証明された寛王朝の系譜の緻密性について語りあかしていたであろう。

 目を閉じると思い出す、数か月前まで当たり前であった光景。

ありもしない話を想像するのは苦手だが、楊武の切なる願望がありありと浮かんでいた。


 央晧に救われてから今まで、孫師父や王氏のことはなるべく考えないようにしていた。しかし、考えなければいけない岐路に立たされたようだ。

 この先、王氏と衝突しないと言う未来は、間違いなくありえない。


「……楊武として反論できないのが悔しいなぁ」


 筆を転がすと、楊武はつぶやいた。

 あくまで王氏と対抗しあうのは「市井から来た李梓」であって「孫師父の弟子の楊武」ではない。

 しばらく思案しつつ、転がした筆が紙の上を走り続けるのを見つめた。


「……ま、李梓は今、長期休暇だし」


 普段、おしろいの下に隠れている泣きぼくろを一撫でした。

 そして紙の束に遮られて立ち止まっていた筆を硯の淵に置くと、机の下に乱雑に置かれた史料の中から、央晧と出会った王墓の史料一式を取り出した。


「休みは有効に使わないと」


 原稿を書き上げて直ぐとは思えない気力で、楊武は夜更けまで筆を進めた。

 次に書く論考で、可能であれば更に王氏を追い詰めたい。楊武は少なからずそう思っていた。

 楊武が楊武として振る舞える限られた時間を使い、彼は王氏の仮説を真っ向から穿つための下準備を始めた。


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