理想郷
眠っていたのだろうか頭が重く、体の節々が痛み、猛烈な眩暈がする。
意識が虚になりながらも顔をあげる。
目の前には白いローブを身に纏っている髪の長い女が一人。周囲は薄暗く顔を見ることは叶わない。
周囲は一面石造りの壁に囲まれている。石造りではない場所もあるが少し錆びついている鉄格子で蓋をされている。
周囲を見回しても出入りできるようなところはない。
唯一できそうなのは鉄格子で蓋をされているところだろうか、模様が違うところがあり、扉のようだ。
扉の両横にはいかにも屈強そうな男が鎧まで着て待機している。その男たちの目は自分から少しも離れず、一挙手一投足も見逃さまいとしているようだ。
腕を後ろから前に動かそうとした時「ガシャ」という音と共に腕が動かなくなった。
「申し訳ないけど枷をかけさせてもらったわ、魔術を使おうとかは考えないことね」
「ここは……どこだ……」
声がうまく出ない、咳き込みながらも尊大な態度で座っている目の前の女に問いを投げかけた。
「覚えていないの?貴方は私たち教国に捕まったのよ、身につけていた物は外させてもらったわ、もっとも顔につけているその仮面だけは外せなかったけど」
「教国……?」
「とにかく話してもらうわよ! なぜ教国に反乱を起こしたのか、そして貴方が誰なのかを!」
世界へ反逆し、人の可能性を信じ続けた人類史における大罪人ニルス。彼は戦争を生み出した。そんな彼の行動を非難する声もあれば擁護、いやむしろ彼を神だと信仰する声すらある。この物語は世界へと愚かにも、だが勇敢に反逆した一人の男の物語。
「なかなか人が多いな」
先ほど注文したステーキを嚙み千切りながら青年は思わずため息をこぼした。
姿格好は、ここらでは少し珍しい。
青い目に流れるような銀の髪、身長は一般人と同程度だろう。
ボロボロとまではいかないが、風や雨によって傷んだであろう灰色のローブを身にまといバーカウンターの椅子に座っている。
「ここらじゃ見かけない顔だな、こんなご時世に旅行かい?」
バーの店長が見事な装飾が施されたガラス製のコップを自分の子供を洗うかのように丁寧に布巾で拭きながら聞いた。
おそらく聞いたのは青年の方にであるが、目線は確実に青年の隣に座っている全身を鎧で固めた者に向けられていた。
「そんなところだ、少し用事があってな」
「ところで、なんでこんなに人が多いんだ?」
青年がいるバーには、そんなにおいしいわけでもないのに行列ができており、店が面している道は大通りではないのにもかかわらず人がうじゃうじゃと、さながら餌にあつまる虫である。
「そりゃあお前、今日は世紀の発表がなんとかとか……」
未だにコップを拭いている店主の言葉が詰まったその瞬間、店中に響き渡るほどの大声が発せられた。
「それは、この天才発明家エウレカの世紀の大発明が世に公開される日だからだ!!」
その声は青年の後ろのテーブル席から立ちあがった老人から上がっていた。
背丈は普通、高くも低くもない、年齢が相当いっているのだろう。髪や眉は白くなり顔にはしわができ始めている。
店中の人がその天才発明家とやらの方へと興味、そして少しの恐怖がまじりあっている視線を向ける。
店の外までも聞こえたのだろう、店の外からも「なんだなんだ」と覗き込んできている人が一定数存在している。
流石に恥ずかしくなったのか、その発明家は少し顔を赤らめながら下を向き、先ほどとは人が変わったように静かに細々と言った。
「すまない……少し騒いでしまったな、昔からの悪い癖なのだ」
「いや、それは大丈夫だ、それでその研究って?」
先程までと同じように声を張り上げ、店中の人に聞こえるような大声で言った。
「それは魔力に関するものでな!……じゃない!詳細を知りたいのなら是非とも発表を見に来てくれたまえ!!」
「魔力? あんた魔術師なの? えーと、エウレカ博士?」
首を少し傾げ、少し興奮している様子の博士に尋ねる。
「うむ、といっても皆が使えるような魔術しかできないがね、なにせ研究者なもので」
それを聞いた青年が少し自慢げに周りの人にも聞こえるように大きめの声で言う。
「それは奇遇だな、俺も魔術師なんだ。ニルス=セオスっていったら結構名が通ってると思うんだけど」
食事中だった客も昼間から酒を飲んでいた客も、その手を止めて周りの知人と話し始めた。
その話し声が青年の耳にも入ってくる。
「ニルス?」
「魔術師でニルスって言ったら、あの素手の勇者様か?」
「勇者の剣が抜けなかったと噂の?」
「勇者の剣抜けなかったって勇者じゃなくないか?」
「勇者は勇者の剣が古代より抜けないものらしい」
ニルスは思っていた反応を得ることができなく少し気分が悪くなっていたが、相手は何も知らない一般人だと言うことを忘れてはいなかった。
客たちはニルスの気分が少し悪くなっている間も噂話を語り合っていた。もう噂は訳のわからない方向に進んでおり「勇者は羽が生えていて、飛ぶことができる」とかいう意味のわからないことを言っている者までいる。
そんな噂話を語り合っているのを見ていた店長がニルスに語りかける。
「それじゃあ、ボウズはそんな歳で魔王討伐の旅ってわけか。大変だねぇ〜」
「そんなこともない」そう否定しようとしたその時耳を破壊しそうな大きさの轟音と共に地面が揺れた。思わず耳を手で押さえ、困惑の声を上げる。
「なんだ!?」
「いつものことだよ、この街ではね」
店長が先ほどの轟音と揺れがなんでもないかのように落ち着いてそう言う。コップ拭きは終わったらしく、今度は暇そうに酒瓶を拭いている。
「この街で研究をしているバカどもが稀にやらかすんだよ」
「バカどもって博士もその一員なんじゃ……」
「この私はミスなどはしないさ」
博士は自信満々で髪を掻き上げながら答える。
どうやら相当自分と自分の研究に自信があるらしい。
だがその時外から新しく入ってきた男が博士に向かって大声で言った。
「今燃えてるの、エウレカ博士の研究室の方じゃないか?」
「え?」




