異03-04 虎標・虎攫・美女・畜虎
○虎標
武陵龍陽虞德流寓溢陽,止主人夏蠻舍中。忽見有白紙一幅長尺餘,標蠻女頭,乃起扳取。俄頃,有虎到戶而退,尋見何老母標如初。德又取之,如斯三返,乃具以語蠻。於是相與執杖伺候。須臾虎至,即格殺之。同縣黃期具說如此。
武陵郡龍陽県の虞徳が流寓して溢陽に住み、夏蛮の家の客舎に滞在した。すると長さ一尺余りの白紙一枚が蛮の娘の上にかざされていた。虞徳はそれを取り上げようとした。しばらくすると、虎が戸口まで来て退いた。その後、同じようなものが蛮の母の上にも浮かんでいた。虞徳が再びそれを取り上げた。
これが三度繰り返されたので、蛮に詳細を話した。それから一緒に杖を持って待ち伏せた。ほどなく虎が来たので、ただちそれを殺した。同県の黄期がこのように語った。
○虎攫府佐
彭城劉廣雅,以晉太元元年為京府佐,被使還都,路經竹裡亭於邏宿。此邏多虎,劉極自防衛,繫馬於戶前,手執戟,布於地上。中宵,與士庶同睡。虎乘間跳入,跨越人畜,獨取劉而去。
彭城の劉広雅は、晋の太元元年、京口府佐として任じられ、都へ戻る途中、竹裡亭で宿泊した。この場所は虎が多く、劉広雅は自衛に努め、馬を戸前に繋ぎ、手に戟を持ち、地に布を敷いた。夜中、士庶と一緒に寝ていた。虎は隙を見て跳び入り、人や家畜を飛び越え、劉広雅だけを連れ去った。
○美女變虎
晉太元末,徐桓以太元中出門,彷彿見一女子,因言曲相調,便要桓入草中。桓悅其色,乃隨去。女子忽然變成虎,負桓著背上,徑向深山。其家左右尋覓,惟見虎跡。旬日,虎送桓下著門外。
晋の太元末、徐桓がとある門に赴いたところ、美女を見かけた。彼女と言葉を交わし、誘惑されて草の中に入った。徐桓はその美しさに魅了され、彼女に従った。すると、女は突然虎に変わり、徐桓を背中に乗せて深山へ向かった。家人たちは探したが、虎の足跡しか見つからなかった。10日後に、虎は徐桓を門外に戻した。
○畜虎理訟
扶南王範尋常畜虎五六頭及鱷魚十頭。若有訟,未知曲直,便投與魚、虎。魚、虎不食,則為有理。穢貊之人,祭虎為神,將有以也。
扶南王司馬範は常に虎5、6頭と鱷魚10頭を飼っていた。訴訟ごとの判決をうまく下しきれない際には、それを魚や虎に投げ与えた。魚や虎が食べなければ、それは理があるとされた。穢貊、朝鮮半島近くの民は虎を神として祭っているが、これには理由があるのである。
(異苑3-4)
うーん、志怪らしい志怪! 志怪を読めたな〜って感じの意味不明さでしたね! こう言う話を待っていた!




