第八章 古市村と三人の覚悟 その二
漫才のような三人の掛け合いが繰り広げられます。とはいえ、内容は厳しいもので、決して冗談で会話しているわけではありません。
「ない袖は振れぬ言う事でんがな。厳しいお触れで百姓締め付けて…。
あげくに土地手放して逃げてしまわれては、どないして年貢取り立てますんや」
「ほんまにアホやな!」
「これこれ、声に出して言いなはんな。けなす時は、心内で相手を落とすもんだす」
「お前ら!ワシのとこで、なに堂々とかましてけつかんねん!」
ついに、黙って聞いていた三郎が切れた。
奥からクスクスと、こらえきれずに笑う声が聞こえる。
「おんどれらは、ワシを獄門送りにしたいんか!」
確かに、こんな物騒な話を家の中でされては、たまったものではない。
嘉助もいさめているようで、その実、幸吉を煽っているわけで…。
幸吉に至っては、不敬以外のなにものでもない。
三郎は、こんな物騒な奴らとこれから付き合って行くのか、とため息が出た。
「滅相もおまへん!三郎さんにはこれからも、元気に気張ってもらわんと…」
「ほんまや!ほんまに頼りにしとるやんけ だす。
お上とやりおうて張り合えるんは、三郎はん様しかおらんやんけ だす。
毎日ありがたい、ありがたい言うて拝んどくやんけ だす」
「二度と気色の悪い敬語使うな。さぶイボ立つわ!
ワシはおまえらの仏壇かい!調子よう祭り上げよってから…。
お上の沙汰が下ったら、すたこらサッサと逃げよるくせに」
「何をおっしゃいます!
よしんばお上からおしかり受けて、三郎はんが獄門・磔になっても、毎日手エ合わせて、ねんごろに供養させてもらいますがな」
嘉助がすぐさま気色ばって反論した。
幸吉も同意しながら、
「そやそや、代々、感謝を忘れるなと孫子に言い伝えていくよって、安心して成仏してよ」
「まだ死んどらんわい!恐れ乍らの前にお前らに殺されてしまうわ!この先の事は追って沙汰する。
今日は早よう去ね!」
「へい、今日はお邪魔さんで、お世話さんだした。
御りょんさん、美味しいお白湯ごちそうさんどした。
これから長いお付き合いになりまっけど、よろしゅうお願い申します。
ほな、どちらさんもさいなら」
「ワイもあんじょう頼んどくよお」
二人はこれ以上カミナリが落ちぬまに、すたこらサッサと帰って行った。
なんだかんだ言って、昔からの知り合いのように、すっかり腹を割って打ち解けあえていたようだ。
一人のぞいて…。
二人が帰った後、笑いながら女房のお徳が姿を現す。
三郎は現在二三歳、お徳は三歳上の姉さん女房である。
播磨(今の姫路)で綿を扱う土地柄の庄屋から、この古市に嫁いできていた。
実家では、既に亡くなっている母親の代わりに、長女のお徳が奥の切り盛りをまかされていた。
必然と行き遅れの年になってしまい、当初は二女と三郎を娶わせるという話だった。
だが、三郎が是非とも長女のお徳を嫁に、とごねた。
「総領娘がおるのに…何でわざわざ二女を貰わんとあかんのや。
尻の青いおぼこ娘より、しっかりした年上女房の方がよっぽど重宝やないか」
三郎の見込んだ通り、お徳は良き相談役となり、裏方に徹してしっかり支えてくれている。
「お徳、どない思た?」
「久しぶりに、お腹抱えて笑わせてもらいましたわ。
旦さんもあのお二人は見込みがあるて思とうのんと違いますか。
ワテも旦さんのええ片腕になってくれるて思いますわ」
「ふん!大分頼んない奴らやがな」
「ほんまのとこ、気に入っとうくせに!
三人寄れば文殊の知恵。
それぞれに全く違う色持ってて、足らんところは十分に補い合えますやろ。
アテはこれからが楽しみになりました。何より底抜けに明るうて、それが一番だす」
「フン、まあな…」
満更でもなさそうな三郎だった。
三郎の妻のお徳が出てきます。「~しとう」「~やっとう」という語尾は、今の神戸や播磨地方独特の言い回しです。読みにくい語尾がたくさん出てきますが、誰のセリフか、会話でわかるように出来るだけ河内弁や播磨弁・商人の言葉に則すよう意識しました。うまく表せていればいいのですが…
この獄門・磔の話題は、冗談ではありません。事実、百姓一揆の場合は、支配者側と百姓側の争いのけじめとして、代表の獄門入りは普通にありました。牢屋に入れば、生きて帰れるものはほとんどありませんでした。