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ヒトはソレを奇跡と呼んだ ~小話集~  作者: 高橋りゅう
3  クランのデート大作戦
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 強面おやじのしたかったこと、その1。

『孫と庭園を散歩して、花の名前を教えてあげること』

昔は学者を目指していたので、じいちゃんは何でも知っているぞ!といいところを見せたかったらしい。

だがじいちゃんよ、最初のほうの呪文みたいなのは何だ?



「おじいちゃま、凄ぉい! じゃあこの花は?」

「植物界 、 被子植物門、 双子葉植物綱、 キク亜綱、 キク目、 キク科 、ガーベラ属、~~」

「……じゃ、じゃあこれは?」

「植物界、被子植物門、真正双子葉類、コア真正双子葉類、ユキノシタ目、ボタン科、ボタン属~~~」


 じいちゃん、さっぱりわかんないぜ……。



 俺の頭が呪文でいっぱいになった頃、庭園の中にある…東屋?てなところで昼飯をとることになった。

従者のおっちゃんが入れてくれた紅茶と奥さんお手製のサンドイッチをほうばっていると、こんがらがっていた頭がほぐれていった。


「アネストはのぅ、花よりも草などに詳しくてな」

顔を上げると、強面親父は花を眺めながら懐かしそうに語りだした。

「あの草が血止めにいいとか、あの草はうまいとか、そのようなことばかり言っておった」


 そんで二人で何やかんや言い合ってたんだろうなぁ…。

俺は容易に浮かぶ若りしころの二人を思い浮かべながら紅茶に口をつけた。


「って言うか薄々は感じていたけど、この庭園散策って、アネスト卿を意識していませんか?」


 あ、強面おやじ、顔を思い切りそむけやがった!

やっぱりアネスト卿とのお花畑デートに対抗しやがったな!

俺を引き合いにするなっちゅうのに……。




 その後、馬車に乗り込みまた移動した。

ついたところは、大きな本屋だった。

俺が行くような本屋とは規模が違い、大きさも店構えもすべてに高級感が漂っていて言われなければ本屋とはわからない。

俺と強面おやじは手をつないで店の中に入った。


「クランはどんな物語が好きだね?」

「う、う~ん」

好きなのは大人の巨乳本だが……。


「秘宝を求めて旅をする物語かな……」

「なるほど、クランは冒険譚が好きなのだね。よしよし」

そううなずくと、強面おやじは俺の手をひいてズラーッと並ぶ本棚をすり抜けていく。

こんだけ本棚があると目当ての本を探すのはかなり大変だろうに、強面おやじの足取りに迷いはない。


 やがて絵本がずらっと並ぶ棚についた。

「おわっ、懐かしい!!」

そこにあった本は、俺が孤児院にいたときによく絵を眺めていた本だ。

竜や剣の絵がとっても綺麗で迫力があって、野郎どもで取り合いになる唯一の本だった。


「ほう、クランはこの本が好きなのかね?」

「はい、絵だけですがよく見てました。だけど破れたところが多くて…」

ガキどもで取り合いをするから破れるわ、ページが無くなるわでよくシスターに怒られたっけ……。


「ならばまずこれにしよう」

「え!? …おじいちゃま、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」


 強面おやじのしたかったこと、その2。

『孫と一緒に本屋に行って、本を選ぶこと』

この顔で本が好きな強面おやじは、孫と一緒に本屋に行って孫の好きな本を買ってやりたかったらしい。

ちなみにいつもはお土産として絵本を買って親伝いに渡すのだそうだ。

直接手渡すと、「立派な感想を返さなくては!!」と孫が重圧を感じて絵本を楽しめなくなるからだそうだ…。……切ないなぁ…。

今はトルストイ(おやっさんの長男ね)が学術書を読んでは、熱い討議をぶつけ合う仲らしい。あいつ、学者っぽかったもんな…。



「その作者が好きなら、こちらもお勧めだな」

「おぉっ!」

強面おやじが手に取った絵本はまだ見たことがなかったが、綺麗で迫力ある絵は同じで、俺はついわくわくしてしまった。


「うむ、良い本に出合えた時、人は至上の時間を味わえるのだ。クランも良い顔をしているぞ。ぜひ至福の時間をあじわうがよい!」

「あ、ありがとうございます!」

おぉう、プレッシャーだな、おい!


 その後も何冊か強面おやじのお勧めの本を選んでもらい、従者のおっちゃんに後の支払いなどを任せて馬車に乗り込んだ。

う~ん、俺、なんだか知的な時間をすごしちまったな。



 次に到着したのは、おやっさんちだった。

馬車からおりれば、そろそろ夕焼けかという時間だ。

中では奥さんとおふくろさんが一緒に微笑みながら出迎えてくれた。

俺は強面おやじに抱きかかえられたまま応接間へと案内された。

そして奥さんがお茶やお菓子を用意するのを横目に、強面親父の膝の上に乗せられてさっき買ったばかりの絵本を取り出していた。



強面おやじのしたかったこと、その3。

『二人で選んだ絵本を、膝の上に乗せながら読んでやること』

…まぁ、そのまんまだよな。


 俺は膝の上に座ったまま強面おやじが絵本を読むのを聴いていた。

何だろうな、孤児院にいたころはシスターが読んでくれるのをその他大勢と一緒に囲んで聴いたもんだが、俺のためだけに読んでもらうってのもいいもんだな…。


 ちなみに何度も聴いて覚えていたはずの絵本は、シスターの時は軽快なアクションものに感じたが、強面おやじが読むと重厚で手に汗を握る別のなにかに聞こえた。

……昔と内容、一緒だよな…?


 強面おやじの地をはうような声を聞いているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。

しかも強面おやじにもたれかかってだ。

帰ってきたおやっさんに苦笑交じりに揺り起こされ、初めて気が付いた。

恐る恐る見上げた強面おやじの顔は、感無量といった感じだったのでまぁ良しとするか。


 

 その後、食堂へ移動して和やかな夕食会となった。

強面おやじは酒がまわったあと、「長年の夢がかなった…」とご満悦そうだったので俺も頑張ったかいがあったというもんだぜ。



 そして俺の仕事は無事終了したのだった。

その後、寝る前に絵本を読むのが習慣になった。

絵本なんてガキが読むものだと思っていたが、大人になったらなったでまたいろんなことを考えることができて面白いもんだな。

俺はベティちゃんと一緒にベッドに寝そべりながら、自然とゆるむ頬に手をついて絵本を眺めていた。



 ……廊下のほうからたまに人の気配と視線を感じることがあるんだが、…気のせいだろうか……。




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