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五日間の逃走  作者:
3/4

隣町


 起きると、時刻は午後十一時をちょうど回ったところだった。

 携帯のアラームを切ると、俺は大きく伸びをしてからソファーから出た。千歳と別れて家に帰った途端に寝たから、けっこうな時間は寝れたようだ。

 しかし、腹が減った。今日はちゃんと食事をとっていないからだろう。何せケチなあいつのせいで昼飯もどきはポテトとコーヒーだけだった。

 冷蔵庫の中身を探っていると、買い置きしていたコンビニのおにぎりが出てきた。賞味期限は昨日だったらしいが、一日ぐらいはまだ大丈夫だろう。けっこうな量を買い置きしていたので、冷蔵庫はおにぎりで溢れていた。

 適当に四つぐらいおにぎりを取り出し、お茶が入ったペットボトルを取り出すと、またソファーに座って遅い晩飯をとる。

 久しぶりの米に少し感動する。やっぱり、炊飯器を買ったほうがいいのだろうか、と呑気に考えていると、携帯の横についているランプが光っていることに気づいた。

 携帯を開くと、メールが一件。見てみると、千歳からだった。


『今日行くところには犬はいないから安心して。一階はキッチンとかしか無いけど、本棚の横にある棚とかにはいい物が入ってるかもね。二階は全部見ていったほうがいいよ。じゃあ、頑張ってね。』


 メールには、文と一緒に今日行く家までの地図が添付されていた。メールが送られてきたのは八時半だ。ちょうど俺が眠っている時間だった。

 一応お礼のメールとして『ありがとう』とだけ打ってメールを送信してから、バクバクとおにぎりを食べる。

 予定としては、十二時頃に家を出るつもりだ。隣町は俺の家から歩いて三十分程で着く。実は駅前よりも距離が近い。

 隣町に着いたら千歳のメールに添付されている地図を頼りに家を見つけて、近所には見つからないように家に忍び込み……。

 二つ目のおにぎりを頬張りながら、頭をフル回転させる。二年泥棒という職業をやってきただけあってか、頭の回転が速くなったような気がする。忍び込むのも抜け出すのも今じゃ簡単で、失敗なんてしない。……この前は、忍び込む家を間違えてしまったけれど。

 ああ、そうだ。行く前に風呂でも入っておくか。軽くシャワーを浴びておこう。

 呑気に考えながら、おにぎりを食べる。少しのんびりとしたこの時間は、俺にとっては最高に幸せな時間だった。久々にゆっくりできた気がする。

 これから仕事だと思うと、一気にテンションが下がるが――。

 ピリピリと三つ目のおにぎりの包装紙をはぐ。腹が減っていたはずなのに、三つ目でもう空腹を満たされたようだ。四つ目は帰ってからにしよう。


 ……そういえば、一つ気になったことがある。

 ファーストフード店で別れる前、千歳は「僕が上に怒られている」みたいなことを言っていたのだが、千歳の上司のような存在がいるということなのだろうか?

 もう二年ぐらい泥棒をやっているというのに、その人物に一度も会っていない俺ってどうなんだろう。例えてみると、三年間学校に通っていたけど何の接点も無かった先生がいた、というような感じだ。

 誰なんだろう……。というか、どういう奴なんだろう。男? 女? いや、男っぽいな。それも年配の。だけど、よく考えてみると千歳の上司なのだとしたら、その人物は情報屋ということになる。千歳はその人物から情報を貰ったりしているのだろうか。

 一人であんな大きくて確かな情報を得るのは大変だし難しいだろうし、多分上司か誰かに情報を貰っているんだろうな。

 ていうか、俺はもう泥棒という職に就いて二年が経つというのに、一度も上司に会ったことがないというのは問題なんじゃないだろうか。普通は挨拶したりするのでは? だが、まだ社会人にもなっていない俺の頭では馬鹿な想像しかできないので、ここで考えるのはやめておこう。


 残ったおにぎりを冷蔵庫の中に入れ、ペットボトルのお茶を半分一気に飲むと、風呂場に向かった。

 温いシャワーにあたりながら、ポタポタと毛先から流れる水をボーっと見つめる。

 今日は、間違えないようにしないと……。上司の怖さは知らないが、俺のミスなのに千歳が怒られるのは嫌だから、今日はちゃんとしよう。前回は少し眠かった気もするからな。

 適当に頭と身体を洗ってから、風呂場から出た。Tシャツにジャージといういつもの服装に着替え、時刻を確認すると十一時四十一分だった。

 少し早い気もするが、もう出ておこうか。家に居ても暇なだけだ。さっさと仕事を終わらせて、今日はもう寝てしまおう。

 黒いパーカを羽織ると、俺は家から出た。





 フードを深く被り、隣町までの道を歩く。

 俺が住んでいるところから隣町までは本当に近い。マンションから出て少し歩くと大きくて長い橋があり、そこを渡るともう隣町だ。

 しかし、隣町に来たらそこはもう都会なので、住宅地を探すのは難しいかもしれないな。

 そんなことを考えながら歩いていると、ポケットの中に入っている携帯が鳴った。画面を見ると、千歳からだった。

 忍び込むときは電源を切らないといけないな、と思いながら電話に出た。

「もしもし。」

『もう出発した?』

「五分前ぐらいに。」

『……あのさ、すごく申しわけないんだけど。』

「ん? ……何だ?」

 珍しく千歳が本気で申しわけなさそうな声をしているので、俺は携帯に耳を近づけた。


『……家に、子供がいるらしい。』

「……は?」


 子供? どういう意味だ? 全くわからない。

「子供って?」

『そこの家は三人家族で、一人娘がいるんだよね。だけど、その子が風邪引いちゃったみたいで、その子だけ家で留守番しているらしい。』

「……マジか。」

 それはやばい。やばすぎる。少し物音をたてただけでも子供だったら起きてしまうかもしれないじゃないか。

 すると、そんな俺の心を読み取ったのか、千歳が慌てて「あっ大丈夫!」と言って付け加えた。

『その子、寝たら一度も起きないらしいし。あ、地震の日でも起きなかったんだって。だから、大丈夫だよ。』

「……その子を看病している奴とかはいないのか?」

『いないよ。十時頃にその子を寝かせて出て行ったから。』

 ……本当にこいつの情報はすごい。時間までもが正確で驚く。実は家の近くで見張っていたりするんじゃないのだろうか。

「そうか。ありがとうな。」

『うん。気をつけて。じゃあね。』

 そう言われて電話を切った。


 少し歩くと、大きな橋が見えてきた。

 遠くのほうを見ると、大きなビルなどがぼんやりと光っているのが見えて、向こう側が隣町なことを実感させられる。

 やっと着いた……。ふう、と息を吐き、橋を渡る。

 橋を渡りながら、さっきの千歳との話の内容を思い出していた。

 子供がいる、というのは、俺にとっては非常にまずい。いつもは隣の家や近所には聞こえない程度で家の中を歩き回っているのだが、聞こえない程度とはいっても、普通に歩いている。

 だが、子供がいるとなったら別だ。あいつは地震の日でも起きなかったというが、もしも俺の足音で起こしてしまったらどうなんだ。

 俺を見た子供が泣き喚き、その泣き声が隣の家や近所の奴らに聞こえ、俺は逃げる場所も無くなり、黙って警察署行き……。

 ……いや、それは絶対にだめだ。捕まりたくなんかないし、「子供に見つかって逮捕」というのが何となく嫌だった。

 ひっそりと歩く練習でもしなくちゃな……と思い、そろりそろりと爪先立ちで歩いてみる。

 最初は上手くいっていたが、橋が傾いているのか俺のバランス力が悪いのかすぐによろけてしまった。まぁ後者なのだが。

 今回は少し難しいな……。そう思いながら歩いていると、足元の地面が変わっていた。橋の白っぽいタイルじゃなくて、灰色のアスファルト。前を見ると、そこには夜中だというのにまだ昼のような雰囲気を出している、隣町があった。

 ビルはキラキラと光っており、外に出ている人も多い。しかも、そいつらの服装は皆派手で、俺が住んでいる街との差が大きすぎて、しばらく橋に戻って呆然としてしまっていた。目立たないように黒いパーカとジャージで来たのに、これじゃあ俺のほうが逆に目立ってしまうじゃないか。

 それでも顔を見られると面倒なので、さらに深くフードを被り、煌びやかな夜の街に足を踏み入れた。

 横を通る女の香水が異常な程きつくて臭かったり、スーツを着崩した男からは酒臭い臭いがしたりと、色々な臭いが混ざっており、少し吐き気がする。車酔いしたような気分だ。

 中にはいい匂いのものもある。少し開いた居酒屋の引き戸の隙間から漏れてくる焼き鳥の匂いとか。まぁ、それはすぐに香水や酒の臭いで消されてしまうのだが。

 歩いていると、嫌でも通りすがりの奴と肩が当たってしまう。

「あ、すみません。」

と言うが、相手は無視か舌打ち。舌打ちをしたいのはこちらのほうだ。

 しかし、歩いても歩いても周りは煌びやかなビルばかり。ていうか、普段俺はこの派手なところにしか来たことがないのだが、この街に住宅地なんてあるのか?

 段々不安になってきた。いや、千歳の情報が外れるわけない。ちゃんと地図も貰ったし。でも、地図のとおり進んでも住宅地らしいものは見えてこない。

 どこまで歩かせる気なんだ、くそ……。

 舌打ちをしたい衝動に駆られるが、一人で歩きながら舌打ちをするのは他人から見たらガラの悪いただのヤンキーだ。ヤンキーは苦手だし嫌いだった。ぶちぶちピアスの穴を開けたり、まずいであろう煙草を吸ったり。意味がわからない。

 ふう、と大きく息を吐くと、少し早足になって歩き出した。


 やっと煌びやかな街から出ることはできたものの、ここがどこなのかが全くわからなかった。

 後ろを見れば昼のような明るさの街。しかし前を向いてみると、そこには何も無い。

 小さくて古ぼけたアパートが建っているだけ。人通りも少ない、というか、今は俺以外は道路を歩いている者はいない。

 突然人が少なくなって驚いたが、これで探しやすくなった。臭い香水や酒の臭いもしないから十分マシだ。

 携帯を開き、千歳から貰った地図を開けた。現在地を確認して、……ん?

 現在地を確認したところで、驚くことがあった。地図の通りに少し歩いて左に曲がると、そこには白で統一された二階建てのビルのような建物。家の前には黒い車が停まっており、ここが今日忍び込む空き巣だと解るのに少しの時間がかかった。

 まさか、こんなあっさりと見つかるとは……。それにしても、ずっと住宅地の中にあるものだと思っていたのだが、随分と離れているんだな。もしかしてここはアパートのようなところ? いや、それなら千歳がちゃんと言ってくれるだろう……。

 窓が二つしかない。二階に一つ、一階に一つ。窓から見る限り、やっぱり中には誰にもいないらしい。ポケットの中から手袋を取り出し、どこか忍び込めるようなところは無いか、と建物を一周する。

 すると、あった。裏に窓。なるべく音をたてないようにして窓の鍵を開けた。これは二年間泥棒をしてきた成果である。静かに中に忍び込む。

 この家の主人がいないということはわかっているのだが、娘がいるということを忘れないようにしないと。忘れてしまったら、何かの拍子で娘を起こしてしまうかもしれないし。

 よし、金目の物を探すか。

 前回は失敗してしまったので、今回は少しばかりやる気が入っている。

 大きく腕を回すと、俺は本格的に部屋を漁り始めた。


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