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閑話:ヴェリオン(2)

 彼女の名はイレーヌ・ロイル。ロイル侯爵家の娘で、学園の成績もアーヴィンと競うほど優秀らしい。

 テロス展に彼女を誘った時点で、アーヴィンの気持ちは周囲にダダ洩れである。


 ヴェリオンも彼女であればアーヴィンの相手に相応しいだろうと、密かに思っていた。ロイル侯爵は、強硬派にも穏健派にも属していない中立派の人間であり、その娘であればなおのこと。


 ところが先に動いたのが強硬派の筆頭ともいえるポーレット公爵だった。


「てっきり君は、イレーヌ嬢に好意を持っていると思っていたのだが……」


 ヴェリオンはアーヴィンを呼び出して問うた。


 ポーレット公爵の息子とイレーヌの婚約が決まったと弟に告げたときの表情を見れば、やはり彼がイレーヌに好意を寄せていたのは一目瞭然である。


「なぜ……」


 かすれた声が聞こえたときは、我が弟ながら不憫に思えてきた。


 とはいえ、この段階でアーヴィンに「イレーヌ嬢を奪え」とは言えない。


 その日から、学園に配置した護衛にはアーヴィンの様子を注意深く見守るようにと指示を出した。

 アーヴィンもイレーヌも落ち着いたもので、今までと変わりなく過ごしていた。


 そこでヴェリオンは、アーヴィンに学園卒業後は隣国トリアス国へ行くようにと命じた。


 ヴェリオンだって弟がかわいくないわけではないし、嫌っているわけでもない。むしろヴェリオンやセリウスの予備だと思って生きている彼には、幸せになってもらいたい。


 だが、そのためには、ポーレット公爵をなんとかする必要があった。


 財務大臣である彼は、今後、宰相となることが決まっている。となれば、ヴェリオンの右腕となる存在なのだが、ヴェリオンに毒を盛ったのは、当時のポーレット公爵であり、彼もまた、宰相の地位についていた。


 ポーレット公爵家には気を許したくはないが、強硬派だ穏健派だと揉めているこの状況で、ポーレット公爵に強く言える者がいないのも事実。


 ヴェリオンとしては、こういうときこそアーヴィンには側にいてほしい。


 優秀な弟はどこまで状況を把握しているのかわからないが、彼が想いを寄せているイレーヌも利用させてもらうつもりだった。


 彼女の父は、ポーレット公爵が宰相になったときには財務大臣になる。中立派の人間が、大臣職に就くのは珍しいが、こちらからすれば、そういった中立派の人間が欲しい。


 とにかく、今の国政は頭の痛くなる問題ばかり。


 そこにアーヴィンとロイル侯爵が入って、うまく風通しをよくしてくれるのを願うだけ。


 アーヴィンがポーレット公爵を失脚させた暁には、イレーヌとの結婚を認めるべきだろう。

 たとえ彼女がポーレット公爵子息と結婚していたとしても、王族には特権がある。

 それを使うためにはいくつか条件があるものの、アーヴィンであればそれすら難なくやり遂げると期待していたのだが――。


「父上。叔父上があまりにもへたれだったら、僕がイレーヌ夫人を奪ってもいいですか?」


 セリウスがそう告げてきたのは、十七歳の誕生日を三日後に控えた夜。

 息子が何を言い出したのかと、ヴェリオンは耳を疑った。


「イレーヌ夫人がポーレット公爵子息に嫁ぐのを黙って見ていたのは、彼女が公爵家の情報と接する機会を利用するためですよね?」


 セリウスの言う通りだ。


 ポーレット公爵家に嫁いだイレーヌであれば、公爵家の収支に関する情報を目にする機会もあるだろう。なにより、学園で優秀な成績をおさめた彼女だからこそ、ポーレット公爵もそこに期待して、シオドアの相手にと選んだはず。


「でも、公爵の罪を暴いたら、ぼんくら息子と結婚しているイレーヌ夫人も、ただではすみませんよね?」


 ポーレット公爵の爵位ははく奪されるだろう。それだけのことを彼はやらかしているのだ。


「だから、イレーヌ夫人とぼんくら息子を別れさせてからじゃないと、何もできないですよね?」


 シオドアと結婚している状態であっても、ヴェリオンが助けに入ればなんとでもなるのだが、セリウスが言うように、別れていたほうが都合はいい。


「叔父上がイレーヌ夫人を奪ってくれればいいんですけど……」


 そこまで言う息子に、ヴェリオンは苦笑するしかない。


「一応、叔父上がトリアスへ行く前にも、僕、言ったんですよ? 叔父上が動かないなら、僕がイレーヌ夫人を奪うって」

「ほう? それでアーヴィンはなんと?」

「めちゃくちゃ怒られました。だから、王族特権の略奪婚について教えておきましたよ。父上は、わざと叔父上には教えなかったんですよね? 叔父上、王族特権について何も知らなかったみたいですし」


 セリウスがイレーヌを奪うと言ったのは、愛だの恋だのそういった感情論からくるものではない。ただ、彼女をこちら側に取り込みたいという、その考えからだ。こういった割り切った考えこそ、上に立つ者には必要なのかもしれない。


 だがセリウスが動けば間違いなくアーヴィンも動く。


「自ら望んで、当て馬になる必要はないだろう?」

「だって。こうでもしないと、叔父上のあんな顔、見られないですし」


 息子は、意外と性悪だった。


次は8/29更新予定です。

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