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閑話:リンダ(1)

 リンダはしがない男爵家の娘だ。両親は真面目に生きていたと思うし、小さいながらも領地も所有しており、数百人の領民が荘園で働いている。


 リンダが王都へ出てきたのは、学園に通うためであった。


 資産も十分にあり裕福な貴族であれば王都に別邸を建て、領地と王都を行き来しつつ滞在できるようだが、リンダの家はそうとは言えない。


 細々と荘園を経営し、領民が飢えないだけの利益は出ているものの、貴族としては決して華やかな暮らしではなかった。それでもリンダは満足していた。


 なぜならその世界しか知らなかったからだ。


 そんなリンダの世界が一変したのは、やはり学園に通い初めてからだろう。平民の子たちも通ってはいたが、優秀な彼らの後ろには、国内でも名だたる貴族の姿が見え隠れする。


 どうやら平民であっても優秀で国益となるような人間であれば、貴族たちが養子にすることも珍しくはないらしい。いわばパトロンのようなもの。学園卒業後に彼らが活躍すれば、その手柄の一部が自分たちの元に返ってくるのだから。


 むしろ、リンダのような貧しい下位貴族のほうが、将来は不安定であった。少しでもいい身分の男性を見つけて、将来の約束を取り付けたい。


 リンダがシオドア・ポーレットと知り合ったのは、一学年の時に参加した学園の卒業パーティーである。


 リンダは平民の子たちと同じように学園の寮で生活していたが、この日のために両親はドレスを用意して送ってくれたのだ。着付けなどは学園のほうで手配してくれるし、パーティーにふさわしい衣装が準備できない生徒たちのためにも、学園側がいろいろと用立ててくれる。


 この学園に通えるというのは、一種の社会的地位のようなものになっていた。


 卒業パーティーとはいえ、卒業生や他の学年と接点のないリンダは、級友たちと飲み物片手に歓談に耽るしかない。


 そこに声をかけてきたのが、シオドアだった。


「一曲、踊っていただけませんか?」


 その言葉にリンダの周囲にいた級友たちが、小さく悲鳴をあげた。リンダも突然の誘いに驚き、口から心臓が飛び出るのではないかというくらい、鼓動がうるさかった。


「は、はい。ぜひ」


 学年は一つ上で父親は公爵位を持つ彼が、なぜリンダに声をかけたのかがわからない。ただその事実がリンダを有頂天にさせていた。


 シオドアと手を取り合って踊れば、次第に緊張も解れ、親しみさえ湧いてくる。


「どうして、わたしに声をかけてくださったのですか?」


 そう尋ねるだけの余裕すら出てきた。


「君がかわいいと思ったから。それでは答えにならない? せっかくのパーティーだし、どうせならかわいい子と踊って楽しんだほうがいいだろう? 卒業生だって、陰気くさいのはいやだろうし。僕たちが楽しめば、彼らの華やかな門出へとつながるんだよ」


 シオドアの言葉の一つ一つが、リンダの心の中にすうっと溶けていく。


 彼の青く煌めく眼差しが、リンダの身体を火照らせた。


 たった一曲ではあったけれど、それでもシオドアと踊った時間は、リンダにとっては夢のような時間で、むしろこの時間が永遠に続けばいいのにと、そう願ってしまうほど。


 シオドアと手が離れてしまうと、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような寂しさに襲われた。


「リンダさん、うらやましいわ」

「もしかして、将来の公爵夫人?」


 踊り終えたリンダに級友たちが声をかけてくる。彼女たちは純粋にうらやましがっており、リンダも悪い気はしない。


「だけど、あの人。Dクラスだろ?」


 嫉妬をのせた声色で、男子生徒が言う。


「だけど、わざとDクラスを狙う人もいるらしいよ?」


 そう含みを持たせた言い方をした男子生徒に、リンダは食いついた。


「わざとってどういうこと?」

「え? ほら。上位クラスだと勉強が大変だろ? Dクラスだと授業もそこそこだし。優秀な人であれば自由時間も増えるっていうか。だから勉強以外にもやりたいことがある人は、Dクラスを狙うって聞いたことがあるんだよ。ほさ、あそこの商会の――」


 ミュゲ商会長の息子は一つ上の学年に在籍しており、彼もDクラスである。しかし、学園の勉強はそこそここなし、商会の仕事を手伝っているとか。


 だからきっとシオドアがDクラスに所属しているのにも、理由があるのだ。



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