第四章(9)
「俺に?」
「そうよ。お茶菓子。よければどうぞ」
アーヴィンは目を丸くしつつも、籠の中から焼き菓子を取り出す。
「見たことのない包みだな。王都内の菓子店であれば、把握しているつもりだったが……俺のいない二年で、新しくできた店舗のものか?」
その質問に答える気はなかった。彼はわかって言っているのか、それとも気づいていないのか。
「クッキー?」
今さらながら、私が作ったとも言えず、彼がそれを口にするまでじっと見守ることにした。
「なんか、見た目は不格好だが……」
わかって言っているのでは、と思えてきたけれど、反論せずにぐっと我慢する。不格好なクッキーを手にした彼は、それを一口かじる。
「んっ! 今まで食べたことない味だ。本当にこれ、どこの店のものなんだ?」
彼はかじったクッキーの残りを、観察するようにまじまじと見ている。
「もしかして、アーヴィン。本当にわからないの?」
「何がだ?」
「そのクッキー、私が作ったの……」
早口に流してしまった言葉だが、アーヴィンの耳にはしっかり届いていた。
「イレーヌが?」
頬を熱くしたまま、私は頷いた。
「エマに教えてもらいながら作ったのだけれど……味見はしたんだけど、なんか食べ過ぎてわからなくなったっていうか……でも、エマが言うには、それなりに美味しいって」
「うん、エマの言うことは間違っていない。美味しいよ?」
「本当に?」
「だけど俺にとっては、イレーヌが作ってくれた。それだけで十分に価値のあるものだ」
そう言ったアーヴィンは残りをパクりと口の中に放り込む。
「なんか、もったいなくて、食べられないな」
「早く食べないと悪くなるわよ」
「でも、食べたらなくなるわけで……イレーヌ、また作ってくれないか?」
そんなふうに笑顔を振りまかれたら、ダメだなんて言えないし、元から言う気もなかった。
「そうね。あなたの頼みなら断れないわ。仕方ないから作ってあげる。でも、次は失敗するかもしれないし、美味しいっていう保障もないからね。それでもいいなら……」
「もちろんだ。次も楽しみにしている。それよりも、先ほどの態度はなんなんだ? 笑いを堪えるのに必死だったぞ?」
すでにアーヴィンは笑っている。
「どういう意味よ」
私としてはロンペル子爵夫人として振る舞ったつもりなのに、笑われるとは心外である。
「それで? シオドアは本当に体調を崩したのか? あれがか?」
「まさか、私とアーヴィンの時間を邪魔しないようにってお願いしたの。シオドアもリンダさんと一緒に過ごしているから、おあいこでしょ?」
「なるほどね」
そこで白磁のカップに手を伸ばすアーヴィンだが、たったそれだけの所作であってもつい目を奪われてしまう。
二年前はどこかあどけなさが残る顔つきだったのに、今はキリッと引き締まって雄々しさすら感じる。そうやって意識すると、私の心臓はドクンと大きく音を立てた。
「イレーヌ、どうかしたのかい?」
「いいえ、なんでもないわ」
動揺を隠すように、慌ててお茶を飲む。
「ん、このお茶、とっても美味しい。それに、初めて飲む味だわ」
私の驚きに満足したのか、アーヴィンは薄く笑みを浮かべ、テーブルの上に肘をつく。行儀の悪い姿ではあるが、こういう姿も様になってしまうのが彼なのだ。
「それは、トリアスのお茶だよ」
「トリアス? 隣国の?」
「そう。俺が向こうで飲んで、美味しいと思ったから、取り寄せた。君にも飲んでもらいたいと思ったから」
そんなやわらかな眼差しで見つめられたら、私の鼓動はうるさくて仕方ない。
「それで、シオドアとの生活はうまくいっているのか?」
アーヴィンはどこか苦しそうに眉を曇らせた。




