第14話 静寂に包まれた街
「静かね」
街の外壁が見えてくると、ミゲットがぽつりと言った。
カイルは頷いた。
「静かすぎる。外の農場に居ても、街の賑やかさは聞こえてきていたのに」
三人はゆっくりと、しかしそれぞれの武器をしっかり握って進んだ。
カイルは遠くに、かつて自分が働かされていた農場を見た。
今でも、多くの人間が働かされているんだろうか。
「妙だな」
シャマリが言った。
「通りに人影がない。それどころか、街全体に気配がないようだ」
石壁の門をくぐって、カイルは実に一年ぶりに街へ踏み入った。
あの日、ハンナの死を目の当たりにし、銀の焔の力に目覚めて以来だ。
大通りはがらんとしていて、立ち並ぶ建物からも物音ひとつ聞こえない。
「廃墟ね」
ミゲットが言う。
「光気はもちろん、瘴気の波動すら感じない。悪魔が生活していたら、少なからず魔法を利用してるはずなんだけど」
石畳の上を、砂塵が吹き抜けていく。
「カイル」とシャマリが視線を向ける。
「この街を治めていた者の住居はどこか分かるか?」
「いや……街に入ることは許されていなかったから」
首を横に振るカイルに、そうか、とシャマリが小さく呟いた。
「ひとまず、くだんの広場に行ってみよう」
静寂に包まれた街の中を歩き、三人は広場へ向かう。
不気味なほど、なんの音もしない。
少し歩くと、かつてカイルが命を落としかけたあの舞台が見えてきた。
鼓動が高鳴る。
「あまり、気分がいい場所じゃないな」
カイルが固い唾を飲む。
舞台上には、何もなかった。
ハンナの姿がなかったことを、カイルはわずかに喜んだ。
ずっとさらされたままだったら、という心配が拭われたからだ。
ほっと小さく息をついたカイルの目の前に、シャマリが手をかざした。
ぎょっとするカイルを、シャマリが目で制す。
「何か――いや、誰かいる」
驚いたカイルは、ミゲットを見た。
彼女も、緊張した面持ちで頷いた。
「姿を見せよ!」
シャマリが声を張り上げた。
これまでに聞いたことのないほどの大きな声は、勇ましく広場にこだました。
「身を潜めているのは分かっている! 呼び声に応じれば、命は救おう!」
カイルは小さく顔をしかめた。
悪魔にかける情けはない。
老若男女の区別なく、悪魔は殺す。
天界で、その意志はシャマリに示していたはずだ。
「ま、待ってください! 今、出て行きます!」
広場から見える、一軒の建物の扉が開く。
ギィィィ、と鈍い音を立てて人影が現れる。
カイルは剣を構えた。
シャマリが、その切っ先をそっと下に向けさせる。
「人間だ」
見えたのは、確かに人だった。
浅黒い肌に、波打つ栗色の髪をした男だ。
裸ではなく、服を着ている。
年齢は、カイルより少し下に見えた。
「僕はキトバ、見てのとおり人間です。あなた方は――」
キトバと名乗った少年の目が、みるみる見開かれていく。
「その銀色の髪の毛――あなたは、まさか、あの日舞台の上に居た……?」
カイルは小さく頷いた。
「カイルだ。こっちはシャマリ、ミゲット。この街はどうなったんだ? なぜ悪魔がいない? それに、人間達は?」
剣を鞘に納めながら、カイルは言った。
「何からお話しすればいいのか……見てのとおり、悪魔達はこの街を捨てました。人間は、その……」
キトバが俯き、消え入りそうな声で続けた。
「みんな、殺されました」
ちり、とカイルの中の光気がざわめく。
銀の火となって顕現しないのは、修練の成果だと言えた。
「あなたは?」
ミゲットがキトバを見上げて言う。
キトバも上背があるわけではないが、ミゲットはそれよりも視線が低かった。
「僕はあの日、カイルさんが戦った日、あの広場にいたんです。カイルさん達が飛び去った後、悪魔達は見るからに混乱していました」
「天使の存在すら知らなかったのだから無理もないだろうな。自分達が抵抗されること、ましてや戦いで命を落とすことなど想像もしていなかっただろう」
シャマリが冷たく言い放つ。
キトバは続けた。
「すぐに、鼠頭の太った悪魔が広場に来ました」
「フーシュラだ」
にやついた鼠頭が、カイルの脳裏によみがえる。
あの悪魔のために、ハンナは命を落としたのだ。
「そして、部下に、人間の奴隷を全員殺すように命じたんです。集められていた奴隷達は抵抗もせずに火の玉や何かで殺されたんですけど――」
下を向いて、キトバが言葉を紡ぐ。
「僕は咄嗟に、先に撃たれた人たちの下に潜り込んだんです。なぜか急に、死にたくない、生き延びたいって思って。集団居住地を出て間もない頃で、正直、もう死ぬしかないんだろうな、って諦めてたはずなんですけど」
シャマリは数回、深く頷いた。
「カイルの光気の影響だ。希望が芽生えたのだ」
はぁ、と要領を得ない顔でキトバが頷く。
「それからどうなったの?」
「……奴隷はみんな殺されました。居住地にいた人たちも、既に働いていた人たちも、みんな。いや、逃げて生き残った人もいるのかもしれないけど、少なくともこの一年、僕は誰とも会ってません」
「悪魔はどこへ行った?」
「いなくなりました。たまに街の様子を見に来る悪魔がいますけど、もう、誰も住んではいないんです」
ふむ、とシャマリが息をつく。
「恐れをなしてこの街を捨てたか。大方、我々――天使が再訪し、悪魔を襲撃すると考えたのだろうな。おそらく、度々様子を見に来ているのは斥候だ」
「僕には分かりません。ただ、僕は悪魔に見つからないように気を付けながら、街の中を転々としていました。みなさんの姿が見えたときも、まずいと思って隠れたんです」
悪魔じゃなくて安心しました、とキトバは大きく息を吐いた。




