「あ、あの、無いと思います……」
噂については、原因以外にもわからない事が多い。いつこの噂が生まれたのか、誰が始めたのか、そして、止める方法があるのか。去年の時点ではまるで何もわからなかった。
部室には去年の調査事項がたんまりとあるが、どの資料の、どの項目でも一本の線としてつながりそうな事柄はない。
「俺はやっぱり怪異の類だと思うけどなぁ」
浩介は夕美市の歴史館に行った時の資料をめくりながら言った。
この噂に関して、噂は歴史上の事件や歴史が関係しているかもしれないと思い、三人で訪れたのだ。無論、それらしいものはなかった。無理やりなこじつけを除いてではあるが。
一方の奏は、人為的か怪異かと言われれば、中立な立場を取っている。よって浩介の意見から、怪異に沿った事を口にするのは自然の流れと言える。
「現象として考えるなら、やっぱり怪異が自然よね。ただ、怪異とひとまとめにしてしまうのは、具体性がないように思えるけど……」
「具体性?」
「そう、霊的なものだとか、呪術的な事だとか、そういうの。或いは複数の要素が絡まっているのかも」
「それって重要なのか?」
「それなりにね。例えば、霊的なものだったらお祓いするとか、呪術的なものだったら結界用具を持つとか……」
それだけ聞けば完全に果歩をも超えるオカルトマニアなのではないだろうか。そういえば、果歩は奏に一目置いているような気はする。もしかしたら、僕の知らないところでこういう会話をしているのかもしれない。
正直、怪異が噂の真相だとしたら、原因がわかってもどう手をつけて良いのかわからない。お祓いや結界用具は理論ではわかる。だが、実証的なところで不安要素がつきまとう。
だから僕は、もう一方の可能性を引っ張り出す。
「怪異と断定するのも良いけど、人為的な方面ではどうだろう?」
「えー、人が? ないと思うんだけどなぁ。だって、年寄りから子供まで、この夕美市なら誰でも知っている噂だぜ? いちいち誰かが自殺して、それを知って、目撃者を把握して、バレないように犯行計画を立てるなんて無理だろ」
腕を組んで口を尖らせて言う浩介は、怪異である事を信じて止まないようだった。しかし、ここで奏が待ったをかける。
「そうでもないかもしれないわ」
「そうなのか?」
「例えば、警察の人ならどう? 夕美市のどこで誰が死んだか、誰が見ていたのか、全部情報はそこにあるわ」
「組織ぐるみって事かよ!?」
「警察が伝統的にそうしていたとしたら、当たり前のこととして捉えられるし、浩介みたいに、怪異のせいだって言い張ることもできるでしょ?」
浩介は虚を突かれたようなので、僕が代わりに質問した。恐らく、浩介が疑問におもった事とは違うだろうけど……。
「動機は? 目撃者を殺す意味は?」
「あくまで憶測よ。本気にしないで」
言われてみれば、去年は警察内部には調査が及ばなかった。一応、警察には洲崎警部という知り合いが出来た。警察はきっと僕ら以上の情報を持っている事には間違いないだろう。
「警察は、一つの可能性としてあるかもしれないね」
「あ、あの、無いと思います……」
部室の出入口からやんわりと否定したのは雷夫だった。
「警察が原因だった場合、真珠さんとのつながりが見え無いと思うのです……」
先輩三人の視線を一度に浴びるた雷夫は、跳ねるように驚くと、目線を明後日の方向に向けて、眼鏡の位置を気にする仕草をする。聞き取れる程度の声は緊張の色が見て取れ、心なしか少し震えている。
そんな雷夫を意にも返さずに、すかさず奏が聞き返す。
「真珠さんが警察の何らかの秘密を知っていたとしたら? その事実を自分一人で抱えきれなくなったから自殺した。きっとこれまでもそうだったかもしれないじゃない。そして、最後に会話をした人にその秘密を託した」
「それだと、噂の『たった一人で見た時』というところが合わないかと……。最後に会話をした人に秘密を託す必要もなければ、複数人に話す可能性だってありますから……」
「なるほど」
「それに、夏以先輩の話では真珠さんは噂に確信を持っていたそうじゃないですか……。それで、夏以先輩を呼び出す事の因果が警察秘密というのも引っかかります……。警察にばれたくないのであれば、自分が自殺をする事で、夏以先輩が事情聴取を受ける事になると考えられるはずです……」
「補足すると、その秘密ってものを託された覚えはないよ」
目をキョロキョロさせ、手を腹の辺りでモジモジとしながら訴えるその姿は、お世辞にも異を唱える者の態度とは思えないが、はっきりとした考えを持っての発言だった。
「ほんじゃ、やっぱり怪異って事で決まりな!」
浩介はパンと手を叩いて言った。元々怪異と考えていた浩介にとって見れば願ってもいない援護射撃だった。
奏の方を見やると、思いの他渋い顔をしていた。
「とにかく今は、不確定な要素が多い。わかっているところ、確実なところから。アイデアとして、警察の方にも話を聞いてみよう。そういえば、果歩は?」
今更ながら果歩の姿が無い。彼女なら真っ先に混ざってきそうな話題だったのに。それに、雷夫が戻ってくるのも早い気がする。
「それが、その、稲美さん、部活中の生徒にも聞いて回ってて……女子更衣室などに入って行って……見失ってしまいました……」
「それで? 一人でだけ戻ってきたの?」
奏はさっきの話題の事を引きずっているのか、あからさまに不機嫌な声で言った。勿論、雷夫で無ければ正しい言い分だろう。事に、雷夫は集団の中でこそ真価を発揮するが、個々になるととても臆病になってしまう。その事は僕のみならず、部員全員は知っている。詰まる所、やはり奏は悪態をついたのだろう。
雷夫は少し黙って俯く。元々身長の高い方では無い雷夫が更に小さくなった。
「まぁま、果歩一人でも大丈夫だと思うけど」
「そうそう、そんなカッカするなよ!」
僕はなだめたつもりだったが、今度は浩介が意地悪く笑いながら奏に悪態をついた。
奏は何か反論しようと口を開けるが、音は出てこずにそっぽを向くだけだった。
その後もしばらくは会議が続き、原因、動機、結果、の工程から様々な仮定や憶測を出し合ったが、決定的に情報が不足していた。
会議に熱中しているうちに、下校促す放送がなった。
「稲美さん、どこまで聞き込みに行ったのでしょうか……」
「あー、確かに」
勢いよく部室を出て行ったっきり、一度も戻ってこない。雷夫を振り切るほど走り回っているなら、学校外に出ていても不思議は無い。
とにかく、一報を入れようとスマホを取り出すと、丁度そのタイミングで通知が入ってきた。
『メモした事をまとめたいので、また次の機会に報告させて頂きます!』
正直、意外だった。好きな事に熱中すると、周りがよく見えなくなってしまう事はよくある。果歩はまさしくその典型だと思ったからだ。
メモをしっかりとっている事や、それをまとめて報告してくれる事、ましてや、こうしてマメに連絡をくれる点で、果歩は思ったより真面目な性格だという事が垣間見えた。
しかし、下にスクロールするともう一文書き加えられており、『但し、情報量に期待しない事!』と書かれていた。
「どう?果歩さんは」
奏が僕の様子を見て聞いてきた。
「果歩は先に帰ってるって。今日聞いた事をまとめて、後で報告してくれるみたい」
「はぁ、荷物は部室に置きっぱなしにするつもりかしら」
ため息をついて、果歩の荷物をわかりやすい様にひとまとめにしておく。明日の朝一番で取りに来るのだろうが、メールの中には含まれていなかった。
「それはいいけど、なんだか嬉しそうね」
これがまた意外だった。それは多分、果歩の報告が嬉しかったのではなく、自分が考えていた果歩の印象にはなかった事を知れたからだろう。
「良いから帰ろうぜ。警備員来たら面倒くさいしよ」
校門を出ると、西の方はまだ夕焼けが残っている。それはまるで、まだ「何も起こらないのではないか」と思う僕の小さな楽観的感性のようだった。
いずれは東の空のように、暗い死と向き合う事になるのだろうか。